泣いてくれるだろう

妻が一番泣いてくれるだろう
子どもたちも
涙をこぼしてくれるだろう
孫たちも
私の手を取って
じいじ じいじと呼んでくれるだろう

それでいい
それだけでいい
それ以上の何がいるだろうか

私の生涯は
大きな虹に包まれて
完結する
それでいい
それだけでいい


狐の恐怖

目の前で起こっていることが

人間のやっていることだと信じたくはない

あの冷血な狐目は狂っている

人間の言葉が通じない

国連の呼びかけなど人類の無力さを

漂わせるだけだ 

攻めたり攻められたりの

長い歴史的背景がある

それは人間本来の

闘争心の性なのか

人類が絶滅するまで続く

本能的闘争なのか

真の

絶望や悲しみの日々が

ウクライナの空の下で

繰り広げられている

続けば続くほど

遠ざかる

肌や心から遠ざかっていく


バランス
  竹内幸一

 

元気で働いていた頃は

何でもない金額だった

しかし老いて病気をし

収入が激減すると

趣味への六千円が

惜しくなる

 

一編の駄作への出費に

迷いが生じる

それは

日々の食費の何日分かに見合う支出なのか

かなしい吝嗇なのか

その秤の針が細かく揺れている

 

詩を書くということは

私の人生の何だったのか

深まって行く老いに

溺れている



二月の風

思いやりの心で看護していくれる妻がいて
何かと気にかけてくれる息子と娘がいて
ジジババを慕う二人の孫がいて
絵にかいたような幸せの中にいる私

家賃を払わないで済む自分の家があり
そこそこに好きなものも食べることが出来
毎夜温かい布団が待っている

これ以上何を望むのだという環境なのだが
あれやこれやと不満の芽が出る日々の暮し
悩んでも仕方ないと思いながら
底なしのループが
私を締め付ける

我がままで贅沢な自尊心は
二月の風の中で今日も震えている



拾う     竹内幸一

 

街角で

コンビニで

バス停で

オミクロンを拾ってしまったら

もうお別れ

 

透析継続中の体にとって

不意の襲撃は

残りの日々を簡単に切り捨てる

その惨劇を

独りで黙認するしかない

 

開いたままの歳時記

乾燥皮膚塗り薬の綿棒

頭の体操のクロスワード

重松清の読みかけの文庫本

日常をそのままにして

黒い渦に呑み込まれていく

 

家族の

誰にも会えないまま

 

 





今ここ
そのままでいいじゃないか
何ができるというのだ
徒手空拳
美味しい美味しいと飯が食えて
眠って日が過ぎていくだけだが
それ以上の何を求めようというのだ

このまゝ消えていく
これ以上何を求めようとしているのか
このまゝで十分ではないか
もう十分やりつくした
あとはのんびり
流れに任せて時間を飲み込むばかり

妻や子に愛されながら
私の時間が消えてゆく



どこへ
流されていく
このまゝどこまで行くのか
寝て起きて
起きて寝て
残りの日々が消えていく

掴みどころのないぬるぬるした時間が
どくどくと痛みのないまま
出血している
痴呆患者のように
ニタニタ笑って垂れ流している時間
気づいていながら
どうしようもない金縛りの中で
眼ばかり閉じては開いている

叫びたい
走りたい
飛び跳ねたい

うすぼんやりした吐息は
私の日常を
麻痺させたままだ


無常


変わりばえしない平穏な日々が
続いているはずだった
しかし
見えないところで
やはり
大きな流れは粛々と続いていた

ゴルフ中の心臓麻痺
同級生が一人消えた

普段は気づかないが
時おり雄大な無常の地殻変動が
鋭い切っ先を見せる

押し流されている
崖下に向けて刻々と滑っている
自覚していないだけだ

学校帰りによく遊びに来ていた一人だった
卓球をしたり三角ベースの野球をしたり
豊かな思い出の絵が次々浮かんで来る

そんなすべてが
静かに影を無くしてゆく


解放

 

人はいつかは解放される

様々な煩悶は全て消えさる

お疲れ様でした

もう頑張らなくていいんですよ

何も心配せず

悩まず

安らかな時間でくつろぐ

あのことも

このことも

全て霧になる

 

泣いてくれる人が居る

惜しんでくれる人が居る

この人の笑顔のために

もう少し時間が欲しい

もう少しだけ

語らっていたい

 

人はいつか解放される

その永遠の魅惑的な安堵

求めてはいけない

魂の衰弱

 

 

地雷

幼いころより体のあちこちに
小さな地雷を抱えている
耳 腎臓 股関節
忘れてしまいそうになると
時折青い煙が出て地雷のありかを教える
しばらくして忘れる
また気になる

50年 60年 ・・・
地雷を踏まない日が過ぎ
いつしかここまで来た
古くから抱えている地雷
そして
見えないけれど新しくどこかで生まれている地雷

何となく
今日の次に明日があり
明日の次に明後日がありそうな
たわいない願望の中で生きている

弛緩した甘えから抜け出せないまま
その日を迎えるのだろう


ゆたんぽ


ゆたんぽ
その
やわらかでやさしい言葉の響きは
かあちゃん

厳寒の朝の窓から
庭や田畑の霜が見える
白々と光る一面の別世界に息を呑む

そんな朝は
ぼろ布に包まれたゆたんぽから
アルマイトの洗面器に
お湯がとぼとぼと注がれる

ゆたんぽを傾けたかあちゃんが
これで顔を洗いよと
小学生の私にうなずく

ほど良いゆたんぽのお湯のぬくもり
かあちゃんの持つ手ぬぐいが
ぼくの洗面を待つ

母の3回忌が終わって
2か月過ぎた


お悔やみ欄


88才と95才の間に
40才のMの名前があった

息子と同じ年
息子か高校生のときに
それは何度か耳にしたことのある名前だった

確かめてみると
やはり息子の同級生だった
「今 付き合いは全然ないけど
 生徒会長をし
 知らない人は誰もいないほど有名だった」

そんな彼に何があったのだろう
病気 事故 ・・・
喪主の妻の名前が衝撃の深さになる
子供はいるのだろうか

逆縁を抱え込んでいるご両親の心情を
自分に置き換えてみるが
どこかですり抜けてゆく現実に甘えて
切迫感は湧いてこない

しかし
葬祭場の最前列の椅子に座り
肩をすぼめうなだれている姿が見える
やり場のない万感の思いを飲み込んで
じっと耐えている後ろ姿が見える

一切

感情を押し殺した能面は
一切という
紋きり言葉で押し通す

一切そういう事は致しておりません
一切そういう事実は見つかっておりません
一切そういう事案には関係しておりません

忖度になるかもしれませんが
法的に問題にはならいないと考えます
そんな尻尾をつかまれるようなことは
決して口にしない

ただひたすら
一切をなかったことにして
逃げのびていく

一切を闇に隠し
一切責任を取らずに
役人生活を続けて
天下って行く

傍観者の外野席では
歯ぎしりの音も
微かでしかない


戦慄

人の心に
躁鬱の波があるように
人の性格にも
かけ離れた二面性がある

その一方の振り子が
突然振り切れて
襲い掛かる

嫉妬の狂気を目覚めさせてしまうと
八つ当たりの凄まじい地震が起こる
見失った分別の中で
言葉の刃物が振り回され
血を流す結末となる

取り返しのつかないことが
起きてしまう
謝っても
心からお詫びしても
もう
元に戻せない

崩壊の現実に
ただただ俯くばかりだが
それもこれも呑み込み
包み込んで行かねばならない
残り時間がある


一番のバス

朝一番のバスに乗るときは
特別の日だった
どこか遠くへ出かける時の
ぼんやりした朝の灯りを思い出す

父もいた母もいた
暗い停留所で待っていると
闇の中にバスのヘッドライトが近づいてくる
行先は
街の病院だったか
親戚の家だったか
次第に夜が明けていく中
がたごと道をバスは進んだ

あの
朝一番のバスに乗って
六十年
いつしかここまで来た
今はもう
父もいない母もいない

さまざまな浮遊するものに
揺られながら
バスは進み続ける
手を出せば
届きそうで届かない
周りの景色がある

いずれ
最終バスに乗って
あの故郷へ帰れるのだろうか

さがしもの


87歳の母の独り暮らしのなかでは
ものがよく見当たらなくなる
保険証がない
印鑑が見当たらない
さがしているとひょっこり出てくる

年金手帳が必要なことがあった
そんなものないよ と
母の記憶には全く存在していない

仕方がないので
あっちの引き出しこっちの箱と
さがしてみた

一つの引き出しを開けて
中の箱を開いてみると
字の書いた紙が入っていた

 幸一
 いつもいろいろ助けてくれて有難う
 この中のお守りは
 私と一緒に焼いてください

見つからんなあ
私は知らん振りして母のところへ戻った

 

年に一度の税の申告

今年はパソコンで打ち込めというお達し

指示に従って数字を打ち込むと

訳のわからないうちに出来上がる

来年来てもやはり一人では出来ないだろう

 

外へでると

出口でガードマンが

お疲れ様と微笑む

出てきた人みんなに

挨拶しているのだろう

 

一仕事終えた肩の軽さ

気分の天秤の針は躁へ振れてゆく

何日

いや何時間

このまま躁でいられるのだろうか

 

霧のような春の雨が                   

柔らかい やわらかい

 

自滅

人は賢いのだろうか

人は賢過ぎるのだろうか

 

フクシマの惨状から一年

方向転換の声が膨らむ

もしかしたら

もう少しで可能かもしれない

しかし 経済の壁に

うやむやにされそうな気もする

 

この悲惨の上に立つ

転換の機会は

人類にとって最後なのだ

次のチャンスはもうない

 

未曾有の犠牲者の祈りを

聞けない賢い人々がいる

 

自滅の道を選ぶ

賢過ぎる人々がいる

 

先天性股関節脱臼を抱えて

六十数年生きてきた

使い続けて

次第に磨耗した股関節が

時折悲鳴を上げる

 

長く歩くと

摩擦して熱を帯びた関節が

夜中に火花を散らす

いつしか

一歩が踏み出せなくなる

怠け者になる

無精になる

 

気持ちはあっても

動かなければ同じこと

団体の中で

取り残される                   

 

泣き言を並べて

同情を受けようとするのは

引退への一里塚

 

ほとんど記憶にない幼い頃から

結核性中耳炎を抱えて

60数年生きてきた

懸命に聞こうとして器官が疲れたのか

いつしかだんだん

音が遠ざかって行く

 

食事をしていると

食卓の前と横の

家族二人の会話が聞き取れない

黙々と箸を動かす

不意に

ちょっと と呼びかけられる

慌てて見回し

トンチンカンな受け答え

 

音を聴くのが仕事

会話で深められて行くはずのことを

いつしか曖昧な笑いでごまかし

頷いてやり過ごす日々

                   

泣き言を並べて

同情を受けようとするのは

引退への一里塚

 

尿

小学校5年生のときに

腎臓結核になった

中学生で腎臓の片方を手術し

その後遺症の尿道狭窄を抱えて

60数年生きてきた

 

約1時間しか小便の我慢が出来ない

映画を見に行けば

終りのいいところで

どうしてもトイレに行く

遠い田舎からバスに乗るとき

脂汗を出して震えながら

どれだけ到着を待ったことか

 

それを思うと あれもだめ

これも止めとこうと

後ろ向きになってしまう

それでも何とか生きてきた

 

泣き言を並べて

同情を受けようとするのは

引退への一里塚

 

さくら

咲き満ちて

凍てついたさくら

無音の

碧空に包まれて

息を止める

 

束の間の人生

束の間のさくら

束の間の静寂

 

滑り落ち消えていく

私の時間が

目の前で凝固する

このままが愛しい

微かなひととき

 

一滴の涙が落ちる前に

私はさくらを

離れる

 

ありふれた朝

コーヒーを飲みながら

窓から見える山を見ていた

 

そのとき不意に

何事も変わることなく

このまま死んでいくんだろうなと

なぜか思ってしまった

するすると

なんだか気持ちよく

そんな言葉が体を流れていった

 

穏やかな凪のような日々が

残されている

それがふと見えると

かかわってきたすべてのことが

愛おしくなる

認めたくなる

許したくなる

 

朝の窓から見える

いつもの山が

微笑んでいた

 

私だけでしょうか

こう思うのは

私だけでしょうか

 

勿論私だけではありませんね

当然あなたも

あなたも

同じ意見のはずです

そうですよね

まさか

そう思わないというような

非常識な方は

どこにもいないですよね

     *

こう思うのは

私だけでしょうか

 

そうですよ

そんな陳腐なことを考えて

押し付けるのは

あなたぐらいのものですよ

 

三点セット

TPP 原発 消費税

連日連夜

日替わりで降り注ぐ情報

 

原発 消費税 TPP

分断作戦の手のひらで

目を回していていいのか

 

消費税 TPP 原発

すべての照準は

きっちり

私たちの命

 

気の弱い男が

悲しい齟齬の間で

おろおろ生きている

 

姜尚中や井上靖が

思いきり母を語る

腹いっぱい母を称える

 

それらを横目で見ながら

波風の立たない日々を

ひたすら愛す

ただただ

黙って弱く笑うばかり

 

じっと縮かんでいると

こころが

無重力の干物になった

 

田舎に一人で住む87歳の母

お世話になっているヘルパーさんから

熱が出ていて食欲がありませんと知らせがあった

 

70キロ 一時間半

車を飛ばして母を見舞う

 

母はベッドで眠っていた

そっとそばを通り抜けて

隣りの部屋で新聞を読む

いつかうたた寝

 

はっと目を開けてみると

風邪引くよ と

病気の母が

半纏を私に掛けていた

63歳の息子に

 

一行詩

20年余り

17文字の一行詩に

思いを込めてきた

 

あるとき なぜか

こころの奥に沈殿したものを

思い切り吐き出したくなった

 

17文字には

表せなかった様々な思い

それを

犇めき合う澱のなかから

少しずつ引き出していくと

混沌の中身が

次第に整理整頓されていく

 

視界不能な濁りが

透明になって

自分の内側が見えるようになるまで

17文字を超えて

思いを吐き出してみる

 

覚醒

2時間ほどのギターの練習前に

コーヒーを飲む

まとまった文章を書くときにも

コーヒーを飲む

覚醒されるのか

覚醒されていると錯覚するのか

コーヒーは集中力の源

 

胃の具合の様子などから

飲み過ぎの体内発信もある

しかし演奏会が近い

今日中にこの新聞を仕上げなければ と

コーヒー正当化の理由は

すぐに見つかる

 

生身の体に当てるムチ

コーヒーが私の日々を

疾走させている

 

国が責任を持つ

この企画は

我が社の存亡をかけた

のるかそるかの大事業である

万一の場合は会社は破滅

社員はすべて路頭に迷うという

悲惨な結末もあり得る

世界中の人々から

恨まれる事態にもなる

しかし例えどんな大きなリスクがあろうとも

前へ進むのだ

その覚悟を固めた上で

全社一丸となって

この事業に取り組むという

選択をするのだ

 

と言った負の心配は

しなくてよろしい

万一の場合は国が責任を持つ

 

スクールコンサート

朝10時

はっ

今日は小学校での演奏会だ

そうだった 11時からだ

どうしよう 何を演奏しよう

ああ時間がない あれとあれ

あれも使えるな

それにしても時間がない

着替えないと そうだ電話しよう

電話番号 電話番号

パソコンで調べて

何とか午後に変更してもらおう

パソコンが開かない

急げ急げ 早く開け

 

あ ああ これは夢か

夢で よかった

 

さくら満開

自転車の前に後ろに

右に左にさくらが満開

日焼け 酒焼けの

赤銅色の幹が

ゆるゆると錆びた自転車をこぐ

早朝の道を肩をすぼめるように

働いている姿を

咎める視線が法律になる

老人のほんのささやかな

小銭稼ぎ

見逃せないのかな

許せないのかな

 

七夕

入り口でもあり出口でもある

駅頭

七夕飾りが数本揺れる

 

人の河は入り乱れて

方向の定まらない濁流

出会いを求めて 歩く 歩く

 

膨らんでは散り

交差しては分離する目まとい

年に一度の出会いを信じて

群集はただひたすら

歩く 歩く

 

七夕飾りが揺れる

 

疾走

兄が壊れる 父が壊れる

母が壊れる

家庭が完全に壊れる

 

見えているけれど見ない

がらんどうの穴

からからからっぽの人形

 

赤犬 人殺し 逃げる14歳

疾走する中学生

逃げながらつながりたい

つながりたい

 

疾走の果て 帰るところは

ひまわりの咲く庭

わたしはいつも待っていた

  (重松清著・疾走を読んで)

 

プライド

挨拶をしないことを

どう処理すればいいのだろう

 

なめるなよと

排除の手を打つことも

できなくはない

空元気みたいな

青筋もきついことだが

 

何かの行き違いで

たまたまそういう流れになっただけ

悪気はないはずと

何事もなかったように

のんびり見逃せば

それはそれで事は流れていく

 

穏便が一番

だが気弱なプライドが

まだ少しくすぶっている

 

肩が痛い

毎日の練習課題がある

楽譜ファイルに曲集が2冊

次のコンサートのための準備曲を

一日に一度はさらうノルマがある

 

春にコンサートが4回ほど続いた後 また肩が痛み出した

無理をすると古傷がぶり返す

 

力を入れないように

そっと そおっと指を動かす

思い切り音を出せないストレス

 

ともすれば練習をサボりたい自分が こういうときはたっぷり弾きたくなる

新曲をやりたい これもやりたいと 練習大好き人間に変身

 

肩さえ良ければ 

痛みさえなければという

このときだけの勝手な願望は

神様に見抜かれているのか

いつまでも肩が痛い

 

変転

希望 期待 歓喜 予感

自信 不敵 過信 傲慢 大口

変調 不調 焦慮 模索

迷妄 執念 邪念 雑念 

絶望 落胆 諦観 

放心 自失 呆然 無念 

遺憾 不本意 未練 懺悔 

謝罪 悲痛 悲哀 結末 

 

そおっと

夜風が気持ちのよかった北窓から

爆風のような

日差しの塊が殴りこむ

朝の切っ先が痛い

 

逆らわないように

頭を低くして 

そおっと そおっと

やりすごそうとする

朝の萎びた思い

 

空元気なんか要らない

ただただおとなしく

身を潜めて

以下同文の日々でいい

 

あなた任せのゆるんだ八月

 

三猿

見えていても見ない

聴こえていても聴いていない

 

ふりをするのではない

茫洋とした夢幻の世界で

別人格の波にたゆたうのだ

 

見えないから言わない

聴こえないから言わない

言わないで済むから安穏

 

腹の膨れる平穏はさびしい

 

茄子の味噌汁

白っぽくて薄みどりの切り口

椀に重なる茄子の幾切れ

 

歯に弱弱しく

あるようでないような

透明な味わい

ひそやかに奥床しく

それでいて僅かに舌に残る

逃げ腰の主張

 

済みません 済みません

口を開けば済みません

そっと抱きしめなければ

消えてしまいそうな

ほの白いやわらかさ

 

そんな茄子の味噌汁を

愛す

 

無聊

本を読み過ぎたのか

コーヒーを飲み過ぎたのか

左目から出血

目の半分が血に染まった

 

楽譜を見て練習が出来ない

本が読めない

テレビも目のために良くない

新聞も文字が小さいから疲れる

 

音楽を聴きながら

うつらうつらするばかり

 

秋の夜長

何をして過ごせばいいのだろう

 

失って初めて

無くした物が見える

日常の平凡がいとしい

 

骨になる

87歳の義父が骨になるのを待つ

椅子に座っていると

庭の植木の向こうに

車の屋根が

いくつも動いているのが見える

いろんな車種のすべてに

目的を持つ人々が乗り

ひたすら前を向いて進んでいる

それぞれの日常の暮らしが

尽きることなく行き交っている

誰が骨になる日も行き交っている

 

80数年あの流れにいた義父

今こちら側に来て骨になる

静かな 静かな 待ち時間

 

ストッパー

最後の最後で勝敗の

分岐点に立つストッパー

ファンを裏切れない

監督を チームメイトを 家族を

そして自分自身を裏切れない

 

抑えればヒーローになれる者

逆転打でヒーローになれる者

それぞれの祈りの激突の中で

一球の怖さに立ち向かう

一球入魂 一球入魂

ツーアウト あと一人

あと一球

 

孤立無援の腕一本がしなる

 

猫よ

どうして

そういつも目を逸らすんだ

自信無げに忙しく顔を動かすんだ

上目遣いにこそこそ逃げ出すんだ

萎れたように下ばかり向くんだ

ピリピロピリピロ

気ぜわしく

耳を貧しく震わせるんだ

悲しくなるじゃないか

 

あ そうか

それは飼い主の俺の姿なんだ

 

むかつく

原発ゼロの願いが広がっている

庶民の声が津波のように

官邸などに押し寄せている

 

その声が少し届いたのか

2030年までにと言うまでになり すぐにまぼろしに・・・

しかしながら

方向はしっかりと脱原発のはず

 

それをあざ笑うかのように

原発中断工事の再開決定

減らそうという方向なのに

新しいものを作る 

何たる矛盾

 

担当大臣はそれは会社と

地元住民とが決めたことでと

へらへら笑っている

 

湯けむり

穏やかな秋の朝

窓から見える湯けむりは

今日も風と遊んでいる

 

ゆるやかにそよぐ

急角度で折れ曲がる

消えて無くなるときもあり

思い切りもくもくと

太い狼煙を上げるときもある

 

どのような風にも対応できる

何年も何十年も いや何百年も

あらゆる風に

柔軟に身を任せながら

最後には いつも

まっすぐ昇っている

湯けむり

 

塀の上

寝ていて 肋骨の上を

るるるると手でなぞりながら

思った

このまま病院のベッドの上で

病人にもなれるな

いかにも弱々しげな目の光で

塀の内側に存在していても

不自然な気はしない

 

どちらにもすぐに転べる

そんな塀の上を歩いているから

こんなことを思うのだろうか

 

生きていてこれをしたい

強い願望が薄れた日々だから

憧れにも似た

思いが広がるのだろうか

 

るるるるれれれれ

肋骨をなぞる

風見鶏

風見鶏は気まま

鬼を見せ 仏を見せ

仏を見せ 凡人も見せ

鬼を見せ

 

風任せに付き合う

鬼を見て卓袱台返し

鬼を見て自傷

鬼を見て刺し殺す

 

仏を見てまあいいか

仏を見て悔い

仏を見てももう戻れない

 

回る風見鶏に

振り飛ばされている

 

雲は流れている

止まっているのか動いているのか

止まっているときは

地球の回転速度と同じに

動いている

 

止まっていれば地球が動いていて

動いているように見える

 

止まっていれば動いていて

動いていれば止まっている

 

これが終われば

これが終われば少し楽になる

この山を越せば一段落だ

この日だけは何とか乗り越えたい

 

こ日を あの日を

この日さえ終わればと

踏ん張ってきた

 

そしてこれまでの山は

すべてどうにか越えてきたのだ

不安の思いを抱きながらも

何とか乗り越えてきた

 

しかし 次の山が

またさらに次の山が やってくる

いくら越えても

越えても 越えても

際限なく山は続くのだ

 

立ちはだかるもの

外へ出たい蜻蛉は繰り返す

ガラス窓にぶつかる

もぞもぞして引き返し

また激突 ずり落ちて

部屋をしばらく回転して

またぶつかる

 

何もないはず

青空のほうへ行けるはず

蜻蛉は繰り返す

1メートル横はガラス戸が

半分開いているのだが

複眼でも見えない

 

駱駝になる

駱駝になる 餅になる

竜の落とし子になる

鰐の口になる ススキになる

反り返るイルカになる

拳骨になる 見返り美人になる

機関車の煙になる

 

湯けむりは何にでもなれそうで

何にもなれない

 

ボタン

テレビがまた映らんよ

一人暮らしの母から連絡が入る

もうこれで 3度目か4度目

地デジ BS CS

どれかのボタンを押し間違えると

87歳の指がどこを触っても

テレビは沈黙する

ボタン一つの簡単なことが

分かる者には分かるが

途方にくれる者も居る

舌打ちしつつ

一時間半の道のりを

ボタンを押しに帰郷する

「忙しいやろうけど、

また帰ってな」

見送る母の声を引き剥がしつつ

また街に戻る

 

真実

じっと手の甲を見ていた

大きなシワ

縦横に無数に広がる

蛇の皮のような細いシワ

関節の上の波紋のような丸いシワ

盛り上がる血管

薄白く浮き上がる骨

 

見つめれば見つめるほど

手はグロテスクになる

それは私の頭の中に存在する手の像ではない

全く別のもの

 

超リアルに描ける画家がいて

もしこの通りに描けたとしたら

私はその絵を信じない

 

不気味な肉体の細密画

普段見えていないものを

見せられれば私の真実が壊れる

 

一秒差

現場を過ぎた瞬間轟音が聞こえる

落盤の地獄の砂埃が

バックミラーに広がる

後ろから手を伸ばす

悪魔から逃れるように

歯の根の合わないまま

ひたすら遠ざかる 走り去る

 

ニュースを見て体がわななく

あの中に自分もいたはずだが

飯を食べている

酒を飲んでいる

 

一秒差で

 

合掌

12月半ばの寒い日

親しくしている方のご主人が亡くなり家族で通夜に参列した

69歳の若さを惜しみ

たくさんの方が哀悼を表した

ご一同様合掌

参列者みんなが手を合わせる

2歳の孫娘も

小さな紅葉の手を合わせる

 

翌日 えらかったね

ちゃんとお参りできたねと言うと

 

サンタさん

プレゼントお願いします

 

澄ました顔で孫は答えた

 

日常

ねじっても つっぱっても

車のハンドルを回しても

転倒してくじいた左手が

あまり痛まなくなった

日にち薬の回復にふと立ち止まる

 

ギターを抱えてハイポジションに

左手を持っていくと

痛くて思わず押さえるのをやめた

右手で痛むところを握りながら

治るのだろうか

このまま弾けなかったらどうしよう

思い切りたっぷり練習が出来たら

どんなにいいだろう

練習させて下さい

心の中で 合掌 した日もあった

 

そんな思いも日にち薬で薄くなり

次第に消えていく

感謝を忘れた日常に

どっぷりつかって

練習しない理由を

うだうだと呟いている

 

まだ

いろんなことがあった

失言して友が去ったこと

恥をかいたこと

賞をもらったこと

千人の前で演奏したこと

 

すべてひっくるめて

もう思い残すことはない

いい人生だったと時折思う

 

しかし まだ死ねない

87歳の母を見送るまでは

何としても

 

母に送ってもらうのは

最後の最大の親不孝

母のそんな慟哭など

決してあってはならない

 

まだ 死ぬわけにはいかない

 

ありふれた朝が来て

トイレの中の鏡に挨拶

口角を上げて笑いかけてみる

無理なポーズは泣き笑いになる

 

猫背になっている

顎があがっている

老醜の背筋を慌てて伸ばす

見たくないものは

見えない振りをする

 

両手で頬をひとなでして

64歳の一日へ歩み入る

 

落差

経済再建 危機突破

膨大な借金を目当てに

ウハウハ浮かれて株価高騰

いつか来た道 実験済み

金の流れ込む先は決まっている

 

 村に一軒しかない

 ガソリンスタンドが消える

 荒涼とした村では

 灯油の仄かなぬくもりさえ

 覚束ない

 

経済

経済

経済 経済 経済

 

経済のために原発再稼動

経済のために原発新規建設

経済のために500人のリストラ

経済のためにT・P・P

経済のために生活保護費削減

経済のために終末医療放棄

 

経済 経済 経済

経済

 

例えば

大赤字が積み重なって

国は国債で悶絶寸前

しかしそんな時に減税もする

 

例えば自動車取得税

消費税と重なれば

売り上げに響くでしょう

そうならないように

取得税はなしにしましょう

心配いりません

減収分は消費税で埋めます

 

取得税がなくなってうれしいな

車を買おう

 

お詫び

生活保護を受給の皆様

低所得で日々の暮らしに

ご苦労をおかけしている皆様

日本を預かる私ども政治家の

力が足りずに

多大なご迷惑をおかけしていて

申し訳ございません

 

働く環境 

健康に生きるための環境

老後を安心して暮らせる環境

美しい国とは程遠い

厳しく荒んだ現実であることを

深く反省しております

 

このような国に

してしまいましたことを

心よりお詫び申し上げます

 

この国のために働きたい

喜んで税金を納めたいと

国民の皆様に

思っていただける国にするために

これから全力で努力して参ります

申し訳ありませんが

しばらくご容赦をお願い致します

 

好奇心

少しだけ興味を持つと

新聞を読むところが増えてくる

少しだけ

この分野の仕組みやからくりを

人に伝えようとすると

文字が沁み込んでくる

そうかぁ

なるほどそういうことか

見えてくる 見えてくる

ほんの少しの好奇心の入り口から

芋づる式に枝葉が広がる

新聞文字は活性化のエキス

 

缶空気

缶ジュース 缶コーヒー

缶ビール 缶チューハイ

そして世も末 缶空気

 

PM2,5 微小粒子状物質

人類のこいた屁の到達点が 缶空気

何はなくても いくらでも只で

胸いっぱい吸えるはずの

生命の根源

それが一缶70円

 

○○山空気 ××海空気 

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空き缶の山 

空き缶の中にも

微小粒子物質

 輪廻

力を入れるために

力を抜く

力を抜くことで

力の入れ方が分かる

 

力の入れ方が分かるから

力を入れる

いつしか

やみくもに力を入れていると

力瘤と汗が

自分を縛る

 

伝わらない力に焦って

渾身の力をこめると

肩が痛くなり

脳が混濁する

 

そこでようやく

初心にまた戻る

力を入れるために

力を抜くことを学ぶ

 

 

 結納

             

床の間を背にして

新婦とその両親

下座に

新郎とその両親

 

そこから贈呈式の開始

キンキラキンの

飾りに包まれた

納めて結ぶ

品物の数々

 

有難くいただいた瞬間に

すべてが確定する

 

新郎側が上座に

私達

新婦側は下座に移る

 

そしていずれは

新婦も上座に移り

下座に残されるのは

私達夫婦だけとなる

 

願っていたり

覚悟していたり

喜んでいたり

心配していたり

楽しみにしていたり

混沌の

時間が過ぎてゆく

 

大きな滝へ落ちる

その日

 

   

諸刃

希望は

救いなのだろうか

それとも

悩みの種なのだろうか

 

生きることは

喜びなのだろうか

それとも

尽きない苦難への道なのだろうか

 

危うい諸刃の剣の上で

危うく脆い私の心を

転がしている日々

 

この躁鬱を噛み締めながら

歩いている日々

 

終わりはあるのだが

終わりを認めていない日々

 

朧の中で

今日も浮き沈みしている

<平成20年度大分県詩集原稿> 

奥底

                

生きている自分の

いちばん深いところはどこだろう

自分のすべてをさらけ出すという事は

どういう事なのだろう

 

居間へ通す

寝室を見せる

通帳やキャッシュカードの入れてある

引き出しを開けてみせる

 

自分の最後の深遠な部分は

その小物入れの引き出しだろうか

それを見せれば

自分は裸だろうか

 

決して見せはしない

自分と云う人間の奥底の秘密の部分は

その小さな引き出しで終わりだろうか

 

その木の引き出しで

自分の暮らしの全ては

行き止まりになる

  

 母ちゃん

                竹内幸一

新聞見たかい

テレビに出とったやろ

 

押し殺している

何かが

母ちゃんの前では

素直にほどけて

はじけている

 

忙しいんじゃな

体に気をつけよ

 

照れくさい 気恥ずかしい

厚かましい

そんな鎧をすべて脱ぎ捨てて

臆面もなく自慢できるのは

八十才の母ちゃんの前だけ

 

俺がんばっとるやろ

ようやったやろ

な な

 

忙しいんやな

無理すんなえ

体だけは気をつけるんで

 

思い残すこともないほど

いろんな果実をつかんだけれど

まだまだ

生きなければ

 

どんな自慢もおまけだが

母ちゃんを悲しませることだけは

決して出来ないのだから

 

 

 

 



 通夜

                竹内幸一

通夜に出た

遺族とのお付き合いだけで

見送る人とは

出会ったことのない通夜だった

 

もう何人見送っただろうか

叔父 叔母 伯父 伯母

父方 母方

それぞれ十人程の兄弟姉妹がいた

そのほとんどを見送った

友人知人の通夜も

かなりあった

 

縁の薄い人 濃い人

見送るたびに

それなりの感慨を覚えたが

少しずつどこかが乾いてきた

回数によるマンネリは

通夜を日常にした

そこは

自分の遺影を見る場になった

どれほどの人が集まってくれるだろう

弔花が何本立つだろう

幾人が泣いてくれるだろう

 

ぼんやりとした夢想のひと時が終わり

通夜から解き放たれる

 

しかし

そのとき思うのだ

まだこの自分の足で

私は

今 歩いている

 





眠い

              竹内幸一

見えない

眠りの水飴に

溺れている

 

すぐ忘れる夢を見ながら

とろとろと

水飴に浮いているのは

至福のひとときだ

 

その麻薬が

いつも隙をうかがう

体をとろけさせる

甘い蒸気が立ちこめると

ふらふらとすべてを忘れて

その安楽椅子に

滑り込むのだ

 

どこかで足掻きながら

足掻いている自覚はありながら

甘い刹那の麻薬に身を任せている

分岐点で

力なく一度頷いて

やはり

水飴の体液の中へもぐりこむ

 

私が

私というものや心が

覚醒することを

本能のどこかで求めていないのだろうか

人であることを拒否しようと

しているのだろうか

 

朝の快い風の中で

五体を投げ出す惰眠は

今日も甘い

 



 かいかくが通る

              竹内幸一

そこのけそこのけ

かいかくが通る

 

一番喧嘩の強いやつと

一番の金持ちに

土下座して

そこのけそこのけ

かいかくが通る

 

一番喧嘩の強いやつの

ゴマすり手先になって喧嘩をする

決まりを作り

一番の金持ちに

もっともっと金を貢ぎ

憎たらしさと

うらやましさを薙ぎ倒し

そこのけそこのけ

かいかくが通る

 

一番弱い者と

一番の貧乏人に

駆けつける月光仮面の

バイクの音が

かすかにに聞こえるか

聞こえないか

閉塞の壁をぶち破る

ヒーローを待つ

 

そこのけそこのけ

ライオンが驀進する

そこのけそこのけ

かいあくが通る

 

 

  コンビニ

             竹内幸一

扉を開けると

目も眩むような

蛍光灯の光が迎えてくれる

束の間

何かに光がさす

ような気がするコンビニ


学校が暗い

家庭が暗い

職場が暗い

そして

閉塞感極まる

この国が暗い 

だから

町のあちこちで

無言の

煌々たる灯りが

物言えぬ暗い人々を

凍えた磁力で引き寄せる

 

ふんだんに降り注ぐ

白色光に

かすかな命の温もりが

あるのかないのか

 

うぶ毛を包むコンビニの光に

疲れて怠惰な

こころの羽を震わせれば

黒い染みが

いくらか薄くなる気がして

闇を走る人々は

猫背を少しだけ伸ばすのだ  17・10


 
位牌

             竹内幸一

街では

多くの人が位牌を持っている

懐にそっとしまう大人

紐で首から吊るす人

両手に抱きしめて離さない学生

 

バス停 書店 電車

若者は

一心に

位牌を見つめている

黙々と

先祖の霊と会話をしている

 

さびしさや悲しさや喜びを

能面の顔で

位牌に語りかけ交信している

 

貴方がいたからこそ

今の私があると

生命の確認を

位牌に毎日何度も告げている

 

位牌に語りかけない自分は

存在しないのだから

 

あちらでもこちらでも

位牌を持った群れが

先祖への

ひとすじのクモの糸に

縋っている                H17/6/30      

 
浄化

            竹内幸一

遠い海のかなたで

意志を持つかのように

90度の方向転換をして

台風は列島を狙う

 

又か

又かという連続に

言い知れぬ畏れのようなものが

背筋を冷たくなぞる

 

なぜこんなにも

恨みを晴らすように

呪ったように

われらの大地に

大量の暴風雨を殴りこませるのだ

 

目をそむけたくなる児童虐待

腐りきった金権構造の汚濁

そして

巨大なならず者を助けて

侵略戦争に突き進む平和破壊

 

そんな現実のはびこる列島を

洗い流そうとする

天の意志があるのか

 

風は

雨は

怠惰に眠る

人々を

ゆさぶり続ける

 

 
衝突

            竹内幸一

知ってもらいたことがある

認めてもらいたいことがある

褒めてもらいたいことがある

 

様々な形の自己表現

私はもっぱら

インターネットのホームページ

自分の暮らしの様々な断片が

散りばめられ

アクセスを待っている

累積カウントに喜び

たまの反応連絡に

溜飲を下げる

 

しかし

同じように

知って認めて褒めてもらいたい人が

押し寄せてくる

押して行く私と

押し寄せてくる波の衝突

 

人を知り認め褒めることのために

他人のホームぺージを読むのは

煩わしくてきつい

その身勝手の対価が

どんな形で表れるのか

恐れている



 安住

            竹内幸一

絵の才能と苛酷な漁師の暮らし。その狭間でのたうち悩む青年を描いた「生れ出づる悩み」を読んだことがある。 

いつの世にも、絵や文学や音楽など芸術の世界への憧憬を持つ人がいる。そしてその殆どは、見果てぬ夢とあきらめ、平凡な暮らしに埋没していく。 

私にも、二十代の印刷工時代に、音楽で暮らせたらいいなという、飢餓にも似た強い憧れがあった。ひりひりと切ない願いだった。 

曲折を経てその音楽への願いが叶い30年程になる。そして、たまに詩を書き、俳句をひねり、いわば悠々自適の日曜作家の真似事もしている。 

この安住を、生れ出づる悩み諸氏が笑っていはしないか。ぬるま湯で延び切った精神を蔑んではいないか。喪われた感謝や真摯な努力のへの逃避を、何千何万の憐憫の視線が突き刺してはいないか。

それこそ思い上がりというものだ。私はもうすでに芸術を捨てているのだ。いや捨てられたのだ。漁師であり百姓でありサラリーマンであり、食うための凡々たる日々を湯水のようにこぼしているばかりだ。その弛緩した精神活動から刻まれるものがどこにあるというのだ。私の、生れ出づる悩みは、もう影も形もない。


  耐性菌に包まれて

            竹内幸一

春が来て桜が咲く

夏が来て

また春が来て花が咲く


一巡りするたびに

私の感性をプロテクトする

耐性菌が増えていく


子が産まれ子が育ち

人が病み死んで行き

輪廻の奔流の中で

私の視界を遮る

耐性菌が増殖する


いい車に乗り

ご馳走を食べ

温かな家庭があり

舞台でスポットライトを浴び

ときめき

高揚していた私の日々を

いつしか

耐性菌がびっしりと取り囲み

暮らしの内臓はボロボロと

砕け落ちていく


このまま贅沢な焦燥に干からびて

耐性菌の中で

朽ち果てるのだろうか


耐性菌に打ち勝つ

新鮮な何かはもうないのだ

その足掻きをきっぱり捨てた時

私は流動体になれる

私の人生の血は

また流れ始める

 





  
不燃物

             竹内幸一

二十年間倉庫に眠っていた

レンジ台、ガス台、乾燥機を

この春

思い立って不燃物に出した

 

何度か浮かんでは消えていた

倉庫整理の案が

ようやく陽の目を見るまで

二十年かかった

 

市役所の清掃課に電話をすると

二十年生き延びた形は

実にあっけなく

トラックで持ち去られた

 

一年使わなければ

すぐ捨てるのが片付けのコツだとか

 

いずれ使うこともあろうと

未練を積み上げて

狭い倉庫を豊かに埋めた二十年とは

いったい

何であったのだろう

 

ケチ、優柔不断、不精、怠惰・・・

 

倉庫の暗がりの空間に

私の吐息が

静かにめぐっている



思い出

            竹内 幸一

今の

この語らい

この見物

このドライブ

 

こぼれてゆく

思い出の砂地の一粒に

音もなくこぼれていく

 

この瞬間のことを

思ったことさえも

もうこぼれてゆく

 

蟻地獄のふちにすがって

埋もれていく

足先を見る

くるぶしを見る

膝を見る

 

たくさんの

たくさんの

ありふれた人類史の限りの

砂粒の中で

風化する粉々の思い出

 

白い秋風の吹くたびに

微粉末は

羽衣のように空へ舞い上がり

鰯雲となる

 

こぼれた思い出は

痕跡もない

 



虹が裂けた

             竹内幸一     

2003年3月16日

私の中の虹が裂けた

砕けた

 

あれから

どこでもここでも

臆面もない

冷酷な力のごり押しばかり

 

正義や真理や人類愛や良心や

やさしさや助け合いや思いやりなどの

人が人としてあるべき掟が

すべて独りよがりの幻となった

理性のかけらもない獣たちが

白い家で蠢き吼え噛み付く

 

公然の

弱肉強食

欺瞞と金儲け丸出しで

力の正当化は驀進する

 

そして

そうだったのか

そのやり方でいいのか

日和見することはないんだ

行け行けと

付和雷同する島国の小者たち

 

3月16日

春の日はうららかにこぼれ

湯けむりが

ありふれた日常そのままに

平和を楽しむように

ゆっくりとのぼっていた

 

 






液晶画面  

             竹内幸一     

一枚の

液晶画面に溺れている

 

それは

わかっているのだが

少し時間が空くと

メールを開いてみる

ホームページのカウントを確認する

掲示板の投稿を読む

 

すると

そのどこかに堰き止められて

何時しか私の時間は消えていくのだ

 

操られているようで

踊らされているようで

時折瞑目するのだが

それはモルヒネだ

麻薬切れの禁断症状に震えるように

一枚の

液晶画面にへばりつく

 

なぜこんなに乾いているのだ

飢えているのだ

 

二ヵ月で四千名を越えるアクセスに

さまざまな掲示板の対話に

メールのふれあいに

満たされるものがありそうで

寄りかかり

なさそうで

溺れる時間の浪費が悲しくなる

 

今も

その液晶画面に向かって

一編の詩を書いているのだが 

 



新しい門出に 
  

                竹内幸一

人には短所の数だけ

長所が与えてられているらしい

愚図、のろま は 慎重、冷静 にもなる

乱暴、無鉄砲 は 元気が良くて積極的 にもなる

ケチ は 倹約、節約にもなる

これから一緒に暮らす二人は

もう喧嘩を何度かしただろうか

そのたびに

竹のようにしなやかに復元したからこそ

今日のこの日があるのだろう

人は生身の生き物で

頭痛や風邪の咳はもちろん

指の逆むけの痛みでさえどうにも出来はしない

治るときが来るのを待つばかりだ

しかし

心の持ちようだけは

実はいつも自分で選んでいるのだ

妬み憎しみ怒りに通じる視点

喜び愛情思いやり明るさに通じる視点

それが選択できることを

知っていそうで知らないことは悲しい

どうにもならないことがたくさんある中で

よし そうしようと決めれば

手にはいるものが

これからの二人に最も大切なものだとしたら

簡単で、しかも難しくて

難しいけれども 意志を持てば手にはいる視点

共に暮らす中で

その人のいい面の半分を

なるべく見ようとする心がけ

選んで手にはいるものを

二人で選ぼうとする誓いをこの日に

          (2月8日・姪の結婚に寄せて)


恥じらい

             竹内幸一     

ギターを教えていると

その人の持っている

一番いい笑顔に出会える

 

元校長や重役

おしゃべりでお茶目おばさんなどの

いろんな殻を持つ中高年の方が

自分の幼稚な指の動きにはにかみ

申し訳なさそうに首をすくめる

間違えるたびに

済みません済みませんと連発する人もいる

 

間違えていることを

素直に認めての微笑みは

生まれたばかりの幼子のようだ

 

その無垢な恥じらいと共に

自分を変えて行こうとする方の

秘めた奥ゆかしい情熱が私は好きだ

未熟な自分をさらけ出して

前に歩こうとする謙虚な姿勢が好きだ

 

しかし時折思うのだ

私自身は自分の暮らしの中で

あの美しい恥じらいの表情が

どこかに存在しているのだろうか

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