泣いてくれるだろう
妻が一番泣いてくれるだろう
子どもたちも
涙をこぼしてくれるだろう
孫たちも
私の手を取って
じいじ じいじと呼んでくれるだろう
それでいい
それだけでいい
それ以上の何がいるだろうか
私の生涯は
大きな虹に包まれて
完結する
それでいい
それだけでいい
狐の恐怖
目の前で起こっていることが
人間のやっていることだと信じたくはない
あの冷血な狐目は狂っている
人間の言葉が通じない
国連の呼びかけなど人類の無力さを
漂わせるだけだ
攻めたり攻められたりの
長い歴史的背景がある
それは人間本来の
闘争心の性なのか
人類が絶滅するまで続く
本能的闘争なのか
真の
絶望や悲しみの日々が
ウクライナの空の下で
繰り広げられている
続けば続くほど
遠ざかる
肌や心から遠ざかっていく
バランス 竹内幸一
元気で働いていた頃は
何でもない金額だった
しかし老いて病気をし
収入が激減すると
趣味への六千円が
惜しくなる
一編の駄作への出費に
迷いが生じる
それは
日々の食費の何日分かに見合う支出なのか
かなしい吝嗇なのか
その秤の針が細かく揺れている
詩を書くということは
私の人生の何だったのか
深まって行く老いに
溺れている
街角で
コンビニで
バス停で
オミクロンを拾ってしまったら
もうお別れ
透析継続中の体にとって
不意の襲撃は
残りの日々を簡単に切り捨てる
その惨劇を
独りで黙認するしかない
開いたままの歳時記
乾燥皮膚塗り薬の綿棒
頭の体操のクロスワード
重松清の読みかけの文庫本
日常をそのままにして
黒い渦に呑み込まれていく
家族の
誰にも会えないまま
人はいつかは解放される
様々な煩悶は全て消えさる
お疲れ様でした
もう頑張らなくていいんですよ
何も心配せず
悩まず
安らかな時間でくつろぐ
あのことも
このことも
全て霧になる
泣いてくれる人が居る
惜しんでくれる人が居る
この人の笑顔のために
もう少し時間が欲しい
もう少しだけ
語らっていたい
人はいつか解放される
その永遠の魅惑的な安堵
求めてはいけない
魂の衰弱
躁
年に一度の税の申告
今年はパソコンで打ち込めというお達し
指示に従って数字を打ち込むと
訳のわからないうちに出来上がる
来年来てもやはり一人では出来ないだろう
外へでると
出口でガードマンが
お疲れ様と微笑む
出てきた人みんなに
挨拶しているのだろう
一仕事終えた肩の軽さ
気分の天秤の針は躁へ振れてゆく
何日
いや何時間
このまま躁でいられるのだろうか
霧のような春の雨が
柔らかい やわらかい
自滅
人は賢いのだろうか
人は賢過ぎるのだろうか
フクシマの惨状から一年
方向転換の声が膨らむ
もしかしたら
もう少しで可能かもしれない
しかし 経済の壁に
うやむやにされそうな気もする
この悲惨の上に立つ
転換の機会は
人類にとって最後なのだ
次のチャンスはもうない
未曾有の犠牲者の祈りを
聞けない賢い人々がいる
自滅の道を選ぶ
賢過ぎる人々がいる
足
先天性股関節脱臼を抱えて
六十数年生きてきた
使い続けて
次第に磨耗した股関節が
時折悲鳴を上げる
長く歩くと
摩擦して熱を帯びた関節が
夜中に火花を散らす
いつしか
一歩が踏み出せなくなる
怠け者になる
無精になる
気持ちはあっても
動かなければ同じこと
団体の中で
取り残される
泣き言を並べて
同情を受けようとするのは
引退への一里塚
耳
ほとんど記憶にない幼い頃から
結核性中耳炎を抱えて
60数年生きてきた
懸命に聞こうとして器官が疲れたのか
いつしかだんだん
音が遠ざかって行く
食事をしていると
食卓の前と横の
家族二人の会話が聞き取れない
黙々と箸を動かす
不意に
ちょっと と呼びかけられる
慌てて見回し
トンチンカンな受け答え
音を聴くのが仕事
会話で深められて行くはずのことを
いつしか曖昧な笑いでごまかし
頷いてやり過ごす日々
泣き言を並べて
同情を受けようとするのは
引退への一里塚
尿
小学校5年生のときに
腎臓結核になった
中学生で腎臓の片方を手術し
その後遺症の尿道狭窄を抱えて
60数年生きてきた
約1時間しか小便の我慢が出来ない
映画を見に行けば
終りのいいところで
どうしてもトイレに行く
遠い田舎からバスに乗るとき
脂汗を出して震えながら
どれだけ到着を待ったことか
それを思うと あれもだめ
これも止めとこうと
後ろ向きになってしまう
それでも何とか生きてきた
泣き言を並べて
同情を受けようとするのは
引退への一里塚
さくら
咲き満ちて
凍てついたさくら
無音の
碧空に包まれて
息を止める
束の間の人生
束の間のさくら
束の間の静寂
滑り落ち消えていく
私の時間が
目の前で凝固する
このままが愛しい
微かなひととき
一滴の涙が落ちる前に
私はさくらを
離れる
朝
ありふれた朝
コーヒーを飲みながら
窓から見える山を見ていた
そのとき不意に
何事も変わることなく
このまま死んでいくんだろうなと
なぜか思ってしまった
するすると
なんだか気持ちよく
そんな言葉が体を流れていった
穏やかな凪のような日々が
残されている
それがふと見えると
かかわってきたすべてのことが
愛おしくなる
認めたくなる
許したくなる
朝の窓から見える
いつもの山が
微笑んでいた
私だけでしょうか
こう思うのは
私だけでしょうか
勿論私だけではありませんね
当然あなたも
あなたも
同じ意見のはずです
そうですよね
まさか
そう思わないというような
非常識な方は
どこにもいないですよね
*
こう思うのは
私だけでしょうか
そうですよ
そんな陳腐なことを考えて
押し付けるのは
あなたぐらいのものですよ
三点セット
TPP 原発 消費税
連日連夜
日替わりで降り注ぐ情報
原発 消費税 TPP
分断作戦の手のひらで
目を回していていいのか
消費税 TPP 原発
すべての照準は
きっちり
私たちの命
男
気の弱い男が
悲しい齟齬の間で
おろおろ生きている
姜尚中や井上靖が
思いきり母を語る
腹いっぱい母を称える
それらを横目で見ながら
波風の立たない日々を
ひたすら愛す
ただただ
黙って弱く笑うばかり
じっと縮かんでいると
こころが
無重力の干物になった
母
田舎に一人で住む87歳の母
お世話になっているヘルパーさんから
熱が出ていて食欲がありませんと知らせがあった
70キロ 一時間半
車を飛ばして母を見舞う
母はベッドで眠っていた
そっとそばを通り抜けて
隣りの部屋で新聞を読む
いつかうたた寝
はっと目を開けてみると
風邪引くよ と
病気の母が
半纏を私に掛けていた
63歳の息子に
一行詩
20年余り
17文字の一行詩に
思いを込めてきた
あるとき なぜか
こころの奥に沈殿したものを
思い切り吐き出したくなった
17文字には
表せなかった様々な思い
それを
犇めき合う澱のなかから
少しずつ引き出していくと
混沌の中身が
次第に整理整頓されていく
視界不能な濁りが
透明になって
自分の内側が見えるようになるまで
17文字を超えて
思いを吐き出してみる
覚醒
2時間ほどのギターの練習前に
コーヒーを飲む
まとまった文章を書くときにも
コーヒーを飲む
覚醒されるのか
覚醒されていると錯覚するのか
コーヒーは集中力の源
胃の具合の様子などから
飲み過ぎの体内発信もある
しかし演奏会が近い
今日中にこの新聞を仕上げなければ と
コーヒー正当化の理由は
すぐに見つかる
生身の体に当てるムチ
コーヒーが私の日々を
疾走させている
国が責任を持つ
この企画は
我が社の存亡をかけた
のるかそるかの大事業である
万一の場合は会社は破滅
社員はすべて路頭に迷うという
悲惨な結末もあり得る
世界中の人々から
恨まれる事態にもなる
しかし例えどんな大きなリスクがあろうとも
前へ進むのだ
その覚悟を固めた上で
全社一丸となって
この事業に取り組むという
選択をするのだ
と言った負の心配は
しなくてよろしい
万一の場合は国が責任を持つ
スクールコンサート
朝10時
はっ
今日は小学校での演奏会だ
そうだった 11時からだ
どうしよう 何を演奏しよう
ああ時間がない あれとあれ
あれも使えるな
それにしても時間がない
着替えないと そうだ電話しよう
電話番号 電話番号
パソコンで調べて
何とか午後に変更してもらおう
パソコンが開かない
急げ急げ 早く開け
あ ああ これは夢か
夢で よかった
さくら満開
自転車の前に後ろに
右に左にさくらが満開
日焼け 酒焼けの
赤銅色の幹が
ゆるゆると錆びた自転車をこぐ
早朝の道を肩をすぼめるように
働いている姿を
咎める視線が法律になる
老人のほんのささやかな
小銭稼ぎ
見逃せないのかな
許せないのかな
七夕
入り口でもあり出口でもある
駅頭
七夕飾りが数本揺れる
人の河は入り乱れて
方向の定まらない濁流
出会いを求めて 歩く 歩く
膨らんでは散り
交差しては分離する目まとい
年に一度の出会いを信じて
群集はただひたすら
歩く 歩く
七夕飾りが揺れる
疾走
兄が壊れる 父が壊れる
母が壊れる
家庭が完全に壊れる
見えているけれど見ない
がらんどうの穴
からからからっぽの人形
赤犬 人殺し 逃げる14歳
疾走する中学生
逃げながらつながりたい
つながりたい
疾走の果て 帰るところは
ひまわりの咲く庭
わたしはいつも待っていた
(重松清著・疾走を読んで)
プライド
挨拶をしないことを
どう処理すればいいのだろう
なめるなよと
排除の手を打つことも
できなくはない
空元気みたいな
青筋もきついことだが
何かの行き違いで
たまたまそういう流れになっただけ
悪気はないはずと
何事もなかったように
のんびり見逃せば
それはそれで事は流れていく
穏便が一番
だが気弱なプライドが
まだ少しくすぶっている
肩が痛い
毎日の練習課題がある
楽譜ファイルに曲集が2冊
次のコンサートのための準備曲を
一日に一度はさらうノルマがある
春にコンサートが4回ほど続いた後 また肩が痛み出した
無理をすると古傷がぶり返す
力を入れないように
そっと そおっと指を動かす
思い切り音を出せないストレス
ともすれば練習をサボりたい自分が こういうときはたっぷり弾きたくなる
新曲をやりたい これもやりたいと 練習大好き人間に変身
肩さえ良ければ
痛みさえなければという
このときだけの勝手な願望は
神様に見抜かれているのか
いつまでも肩が痛い
変転
希望 期待 歓喜 予感
自信 不敵 過信 傲慢 大口
変調 不調 焦慮 模索
迷妄 執念 邪念 雑念
絶望 落胆 諦観
放心 自失 呆然 無念
遺憾 不本意 未練 懺悔
謝罪 悲痛 悲哀 結末
そおっと
夜風が気持ちのよかった北窓から
爆風のような
日差しの塊が殴りこむ
朝の切っ先が痛い
逆らわないように
頭を低くして
そおっと そおっと
やりすごそうとする
朝の萎びた思い
空元気なんか要らない
ただただおとなしく
身を潜めて
以下同文の日々でいい
あなた任せのゆるんだ八月
三猿
見えていても見ない
聴こえていても聴いていない
ふりをするのではない
茫洋とした夢幻の世界で
別人格の波にたゆたうのだ
見えないから言わない
聴こえないから言わない
言わないで済むから安穏
腹の膨れる平穏はさびしい
茄子の味噌汁
白っぽくて薄みどりの切り口
椀に重なる茄子の幾切れ
歯に弱弱しく
あるようでないような
透明な味わい
ひそやかに奥床しく
それでいて僅かに舌に残る
逃げ腰の主張
済みません 済みません
口を開けば済みません
そっと抱きしめなければ
消えてしまいそうな
ほの白いやわらかさ
そんな茄子の味噌汁を
愛す
無聊
本を読み過ぎたのか
コーヒーを飲み過ぎたのか
左目から出血
目の半分が血に染まった
楽譜を見て練習が出来ない
本が読めない
テレビも目のために良くない
新聞も文字が小さいから疲れる
音楽を聴きながら
うつらうつらするばかり
秋の夜長
何をして過ごせばいいのだろう
失って初めて
無くした物が見える
日常の平凡がいとしい
骨になる
87歳の義父が骨になるのを待つ
椅子に座っていると
庭の植木の向こうに
車の屋根が
いくつも動いているのが見える
いろんな車種のすべてに
目的を持つ人々が乗り
ひたすら前を向いて進んでいる
それぞれの日常の暮らしが
尽きることなく行き交っている
誰が骨になる日も行き交っている
80数年あの流れにいた義父
今こちら側に来て骨になる
静かな 静かな 待ち時間
ストッパー
最後の最後で勝敗の
分岐点に立つストッパー
ファンを裏切れない
監督を チームメイトを 家族を
そして自分自身を裏切れない
抑えればヒーローになれる者
逆転打でヒーローになれる者
それぞれの祈りの激突の中で
一球の怖さに立ち向かう
一球入魂 一球入魂
ツーアウト あと一人
あと一球
孤立無援の腕一本がしなる
猫よ
どうして
そういつも目を逸らすんだ
自信無げに忙しく顔を動かすんだ
上目遣いにこそこそ逃げ出すんだ
萎れたように下ばかり向くんだ
ピリピロピリピロ
気ぜわしく
耳を貧しく震わせるんだ
悲しくなるじゃないか
あ そうか
それは飼い主の俺の姿なんだ
むかつく
原発ゼロの願いが広がっている
庶民の声が津波のように
官邸などに押し寄せている
その声が少し届いたのか
2030年までにと言うまでになり すぐにまぼろしに・・・
しかしながら
方向はしっかりと脱原発のはず
それをあざ笑うかのように
原発中断工事の再開決定
減らそうという方向なのに
新しいものを作る
何たる矛盾
担当大臣はそれは会社と
地元住民とが決めたことでと
へらへら笑っている
湯けむり
穏やかな秋の朝
窓から見える湯けむりは
今日も風と遊んでいる
ゆるやかにそよぐ
急角度で折れ曲がる
消えて無くなるときもあり
思い切りもくもくと
太い狼煙を上げるときもある
どのような風にも対応できる
何年も何十年も いや何百年も
あらゆる風に
柔軟に身を任せながら
最後には いつも
まっすぐ昇っている
湯けむり
塀の上
寝ていて 肋骨の上を
るるるると手でなぞりながら
思った
このまま病院のベッドの上で
病人にもなれるな
いかにも弱々しげな目の光で
塀の内側に存在していても
不自然な気はしない
どちらにもすぐに転べる
そんな塀の上を歩いているから
こんなことを思うのだろうか
生きていてこれをしたい
強い願望が薄れた日々だから
憧れにも似た
思いが広がるのだろうか
るるるるれれれれ
肋骨をなぞる
風見鶏
風見鶏は気まま
鬼を見せ 仏を見せ
仏を見せ 凡人も見せ
鬼を見せ
風任せに付き合う
鬼を見て卓袱台返し
鬼を見て自傷
鬼を見て刺し殺す
仏を見てまあいいか
仏を見て悔い
仏を見てももう戻れない
回る風見鶏に
振り飛ばされている
雲
雲は流れている
止まっているのか動いているのか
止まっているときは
地球の回転速度と同じに
動いている
止まっていれば地球が動いていて
動いているように見える
止まっていれば動いていて
動いていれば止まっている
これが終われば
これが終われば少し楽になる
この山を越せば一段落だ
この日だけは何とか乗り越えたい
こ日を あの日を
この日さえ終わればと
踏ん張ってきた
そしてこれまでの山は
すべてどうにか越えてきたのだ
不安の思いを抱きながらも
何とか乗り越えてきた
しかし 次の山が
またさらに次の山が やってくる
いくら越えても
越えても 越えても
際限なく山は続くのだ
立ちはだかるもの
外へ出たい蜻蛉は繰り返す
ガラス窓にぶつかる
もぞもぞして引き返し
また激突 ずり落ちて
部屋をしばらく回転して
またぶつかる
何もないはず
青空のほうへ行けるはず
蜻蛉は繰り返す
1メートル横はガラス戸が
半分開いているのだが
複眼でも見えない
駱駝になる
駱駝になる 餅になる
竜の落とし子になる
鰐の口になる ススキになる
反り返るイルカになる
拳骨になる 見返り美人になる
機関車の煙になる
湯けむりは何にでもなれそうで
何にもなれない
ボタン
テレビがまた映らんよ
一人暮らしの母から連絡が入る
もうこれで 3度目か4度目
地デジ BS CS
どれかのボタンを押し間違えると
87歳の指がどこを触っても
テレビは沈黙する
ボタン一つの簡単なことが
分かる者には分かるが
途方にくれる者も居る
舌打ちしつつ
一時間半の道のりを
ボタンを押しに帰郷する
「忙しいやろうけど、
また帰ってな」
見送る母の声を引き剥がしつつ
また街に戻る
真実
じっと手の甲を見ていた
大きなシワ
縦横に無数に広がる
蛇の皮のような細いシワ
関節の上の波紋のような丸いシワ
盛り上がる血管
薄白く浮き上がる骨
見つめれば見つめるほど
手はグロテスクになる
それは私の頭の中に存在する手の像ではない
全く別のもの
超リアルに描ける画家がいて
もしこの通りに描けたとしたら
私はその絵を信じない
不気味な肉体の細密画
普段見えていないものを
見せられれば私の真実が壊れる
一秒差
現場を過ぎた瞬間轟音が聞こえる
落盤の地獄の砂埃が
バックミラーに広がる
後ろから手を伸ばす
悪魔から逃れるように
歯の根の合わないまま
ひたすら遠ざかる 走り去る
ニュースを見て体がわななく
あの中に自分もいたはずだが
飯を食べている
酒を飲んでいる
一秒差で
合掌
12月半ばの寒い日
親しくしている方のご主人が亡くなり家族で通夜に参列した
69歳の若さを惜しみ
たくさんの方が哀悼を表した
ご一同様合掌
参列者みんなが手を合わせる
2歳の孫娘も
小さな紅葉の手を合わせる
翌日 えらかったね
ちゃんとお参りできたねと言うと
サンタさん
プレゼントお願いします
澄ました顔で孫は答えた
日常
ねじっても つっぱっても
車のハンドルを回しても
転倒してくじいた左手が
あまり痛まなくなった
日にち薬の回復にふと立ち止まる
ギターを抱えてハイポジションに
左手を持っていくと
痛くて思わず押さえるのをやめた
右手で痛むところを握りながら
治るのだろうか
このまま弾けなかったらどうしよう
思い切りたっぷり練習が出来たら
どんなにいいだろう
練習させて下さい
心の中で 合掌 した日もあった
そんな思いも日にち薬で薄くなり
次第に消えていく
感謝を忘れた日常に
どっぷりつかって
練習しない理由を
うだうだと呟いている
まだ
いろんなことがあった
失言して友が去ったこと
恥をかいたこと
賞をもらったこと
千人の前で演奏したこと
すべてひっくるめて
もう思い残すことはない
いい人生だったと時折思う
しかし まだ死ねない
87歳の母を見送るまでは
何としても
母に送ってもらうのは
最後の最大の親不孝
母のそんな慟哭など
決してあってはならない
まだ 死ぬわけにはいかない
鏡
ありふれた朝が来て
トイレの中の鏡に挨拶
口角を上げて笑いかけてみる
無理なポーズは泣き笑いになる
猫背になっている
顎があがっている
老醜の背筋を慌てて伸ばす
見たくないものは
見えない振りをする
両手で頬をひとなでして
64歳の一日へ歩み入る
落差
経済再建 危機突破
膨大な借金を目当てに
ウハウハ浮かれて株価高騰
いつか来た道 実験済み
金の流れ込む先は決まっている
村に一軒しかない
ガソリンスタンドが消える
荒涼とした村では
灯油の仄かなぬくもりさえ
覚束ない
経済
経済
経済 経済 経済
経済のために原発再稼動
経済のために原発新規建設
経済のために500人のリストラ
経済のためにT・P・P
経済のために生活保護費削減
経済のために終末医療放棄
経済 経済 経済
経済
例えば
大赤字が積み重なって
国は国債で悶絶寸前
しかしそんな時に減税もする
例えば自動車取得税
消費税と重なれば
売り上げに響くでしょう
そうならないように
取得税はなしにしましょう
心配いりません
減収分は消費税で埋めます
取得税がなくなってうれしいな
車を買おう
お詫び
生活保護を受給の皆様
低所得で日々の暮らしに
ご苦労をおかけしている皆様
日本を預かる私ども政治家の
力が足りずに
多大なご迷惑をおかけしていて
申し訳ございません
働く環境
健康に生きるための環境
老後を安心して暮らせる環境
美しい国とは程遠い
厳しく荒んだ現実であることを
深く反省しております
このような国に
してしまいましたことを
心よりお詫び申し上げます
この国のために働きたい
喜んで税金を納めたいと
国民の皆様に
思っていただける国にするために
これから全力で努力して参ります
申し訳ありませんが
しばらくご容赦をお願い致します
好奇心
少しだけ興味を持つと
新聞を読むところが増えてくる
少しだけ
この分野の仕組みやからくりを
人に伝えようとすると
文字が沁み込んでくる
そうかぁ
なるほどそういうことか
見えてくる 見えてくる
ほんの少しの好奇心の入り口から
芋づる式に枝葉が広がる
新聞文字は活性化のエキス
缶空気
缶ジュース 缶コーヒー
缶ビール 缶チューハイ
そして世も末 缶空気
PM2,5 微小粒子状物質
人類のこいた屁の到達点が 缶空気
何はなくても いくらでも只で
胸いっぱい吸えるはずの
生命の根源
それが一缶70円
○○山空気 ××海空気
好評発売中
空き缶の山
空き缶の中にも
微小粒子物質
輪廻
力を入れるために
力を抜く
力を抜くことで
力の入れ方が分かる
力の入れ方が分かるから
力を入れる
いつしか
やみくもに力を入れていると
力瘤と汗が
自分を縛る
伝わらない力に焦って
渾身の力をこめると
肩が痛くなり
脳が混濁する
そこでようやく
初心にまた戻る
力を入れるために
力を抜くことを学ぶ
結納
床の間を背にして
新婦とその両親
下座に
新郎とその両親
そこから贈呈式の開始
キンキラキンの
飾りに包まれた
納めて結ぶ
品物の数々
有難くいただいた瞬間に
すべてが確定する
新郎側が上座に
私達
新婦側は下座に移る
そしていずれは
新婦も上座に移り
下座に残されるのは
私達夫婦だけとなる
願っていたり
覚悟していたり
喜んでいたり
心配していたり
楽しみにしていたり
混沌の
時間が過ぎてゆく
大きな滝へ落ちる
その日
諸刃
希望は
救いなのだろうか
それとも
悩みの種なのだろうか
生きることは
喜びなのだろうか
それとも
尽きない苦難への道なのだろうか
危うい諸刃の剣の上で
危うく脆い私の心を
転がしている日々
この躁鬱を噛み締めながら
歩いている日々
終わりはあるのだが
終わりを認めていない日々
朧の中で
今日も浮き沈みしている
<平成20年度大分県詩集原稿>
奥底
生きている自分の
いちばん深いところはどこだろう
自分のすべてをさらけ出すという事は
どういう事なのだろう
居間へ通す
寝室を見せる
通帳やキャッシュカードの入れてある
引き出しを開けてみせる
自分の最後の深遠な部分は
その小物入れの引き出しだろうか
それを見せれば
自分は裸だろうか
決して見せはしない
自分と云う人間の奥底の秘密の部分は
その小さな引き出しで終わりだろうか
その木の引き出しで
自分の暮らしの全ては
行き止まりになる
母ちゃん
竹内幸一
新聞見たかい
テレビに出とったやろ
押し殺している
何かが
母ちゃんの前では
素直にほどけて
はじけている
忙しいんじゃな
体に気をつけよ
照れくさい 気恥ずかしい
厚かましい
そんな鎧をすべて脱ぎ捨てて
臆面もなく自慢できるのは
八十才の母ちゃんの前だけ
俺がんばっとるやろ
ようやったやろ
な な
忙しいんやな
無理すんなえ
体だけは気をつけるんで
思い残すこともないほど
いろんな果実をつかんだけれど
まだまだ
生きなければ
どんな自慢もおまけだが
母ちゃんを悲しませることだけは
決して出来ないのだから
通夜
竹内幸一
通夜に出た
遺族とのお付き合いだけで
見送る人とは
出会ったことのない通夜だった
もう何人見送っただろうか
叔父 叔母 伯父 伯母
父方 母方
それぞれ十人程の兄弟姉妹がいた
そのほとんどを見送った
友人知人の通夜も
かなりあった
縁の薄い人 濃い人
見送るたびに
それなりの感慨を覚えたが
少しずつどこかが乾いてきた
回数によるマンネリは
通夜を日常にした
そこは
自分の遺影を見る場になった
どれほどの人が集まってくれるだろう
弔花が何本立つだろう
幾人が泣いてくれるだろう
ぼんやりとした夢想のひと時が終わり
通夜から解き放たれる
しかし
そのとき思うのだ
まだこの自分の足で
私は
今 歩いている
と
眠い
竹内幸一
見えない
眠りの水飴に
溺れている
すぐ忘れる夢を見ながら
とろとろと
水飴に浮いているのは
至福のひとときだ
その麻薬が
いつも隙をうかがう
体をとろけさせる
甘い蒸気が立ちこめると
ふらふらとすべてを忘れて
その安楽椅子に
滑り込むのだ
どこかで足掻きながら
足掻いている自覚はありながら
甘い刹那の麻薬に身を任せている
分岐点で
力なく一度頷いて
やはり
水飴の体液の中へもぐりこむ
私が
私というものや心が
覚醒することを
本能のどこかで求めていないのだろうか
人であることを拒否しようと
しているのだろうか
朝の快い風の中で
五体を投げ出す惰眠は
今日も甘い
かいかくが通る
竹内幸一
そこのけそこのけ
かいかくが通る
一番喧嘩の強いやつと
一番の金持ちに
土下座して
そこのけそこのけ
かいかくが通る
一番喧嘩の強いやつの
ゴマすり手先になって喧嘩をする
決まりを作り
一番の金持ちに
もっともっと金を貢ぎ
憎たらしさと
うらやましさを薙ぎ倒し
そこのけそこのけ
かいかくが通る
一番弱い者と
一番の貧乏人に
駆けつける月光仮面の
バイクの音が
かすかにに聞こえるか
聞こえないか
閉塞の壁をぶち破る
ヒーローを待つ
そこのけそこのけ
ライオンが驀進する
そこのけそこのけ
かいあくが通る
コンビニ
竹内幸一
扉を開けると
目も眩むような
蛍光灯の光が迎えてくれる
束の間
何かに光がさす
ような気がするコンビニ
学校が暗い
家庭が暗い
職場が暗い
そして
閉塞感極まる
この国が暗い
だから
町のあちこちで
無言の
煌々たる灯りが
物言えぬ暗い人々を
凍えた磁力で引き寄せる
ふんだんに降り注ぐ
白色光に
かすかな命の温もりが
あるのかないのか
うぶ毛を包むコンビニの光に
疲れて怠惰な
こころの羽を震わせれば
黒い染みが
いくらか薄くなる気がして
闇を走る人々は
猫背を少しだけ伸ばすのだ 17・10
位牌
竹内幸一
今
街では
多くの人が位牌を持っている
懐にそっとしまう大人
紐で首から吊るす人
両手に抱きしめて離さない学生
バス停 書店 電車
若者は
一心に
位牌を見つめている
黙々と
先祖の霊と会話をしている
さびしさや悲しさや喜びを
能面の顔で
位牌に語りかけ交信している
貴方がいたからこそ
今の私があると
生命の確認を
位牌に毎日何度も告げている
位牌に語りかけない自分は
存在しないのだから
あちらでもこちらでも
位牌を持った群れが
先祖への
ひとすじのクモの糸に
縋っている
浄化
竹内幸一
遠い海のかなたで
意志を持つかのように
90度の方向転換をして
台風は列島を狙う
又か
又かという連続に
言い知れぬ畏れのようなものが
背筋を冷たくなぞる
なぜこんなにも
恨みを晴らすように
呪ったように
われらの大地に
大量の暴風雨を殴りこませるのだ
目をそむけたくなる児童虐待
腐りきった金権構造の汚濁
そして
巨大なならず者を助けて
侵略戦争に突き進む平和破壊
そんな現実のはびこる列島を
洗い流そうとする
天の意志があるのか
風は
雨は
怠惰に眠る
人々を
ゆさぶり続ける
衝突
竹内幸一
知ってもらいたことがある
認めてもらいたいことがある
褒めてもらいたいことがある
様々な形の自己表現
私はもっぱら
インターネットのホームページ
自分の暮らしの様々な断片が
散りばめられ
アクセスを待っている
累積カウントに喜び
たまの反応連絡に
溜飲を下げる
しかし
同じように
知って認めて褒めてもらいたい人が
押し寄せてくる
押して行く私と
押し寄せてくる波の衝突
人を知り認め褒めることのために
他人のホームぺージを読むのは
煩わしくてきつい
その身勝手の対価が
どんな形で表れるのか
恐れている
安住
竹内幸一
絵の才能と苛酷な漁師の暮らし。その狭間でのたうち悩む青年を描いた「生れ出づる悩み」を読んだことがある。
いつの世にも、絵や文学や音楽など芸術の世界への憧憬を持つ人がいる。そしてその殆どは、見果てぬ夢とあきらめ、平凡な暮らしに埋没していく。
私にも、二十代の印刷工時代に、音楽で暮らせたらいいなという、飢餓にも似た強い憧れがあった。ひりひりと切ない願いだった。
曲折を経てその音楽への願いが叶い30年程になる。そして、たまに詩を書き、俳句をひねり、いわば悠々自適の日曜作家の真似事もしている。
この安住を、生れ出づる悩み諸氏が笑っていはしないか。ぬるま湯で延び切った精神を蔑んではいないか。喪われた感謝や真摯な努力のへの逃避を、何千何万の憐憫の視線が突き刺してはいないか。
それこそ思い上がりというものだ。私はもうすでに芸術を捨てているのだ。いや捨てられたのだ。漁師であり百姓でありサラリーマンであり、食うための凡々たる日々を湯水のようにこぼしているばかりだ。その弛緩した精神活動から刻まれるものがどこにあるというのだ。私の、生れ出づる悩みは、もう影も形もない。
耐性菌に包まれて
竹内幸一
春が来て桜が咲く
夏が来て
秋
冬
また春が来て花が咲く
一巡りするたびに
私の感性をプロテクトする
耐性菌が増えていく
子が産まれ子が育ち
人が病み死んで行き
輪廻の奔流の中で
私の視界を遮る
耐性菌が増殖する
いい車に乗り
ご馳走を食べ
温かな家庭があり
舞台でスポットライトを浴び
ときめき
高揚していた私の日々を
いつしか
耐性菌がびっしりと取り囲み
暮らしの内臓はボロボロと
砕け落ちていく
このまま贅沢な焦燥に干からびて
耐性菌の中で
朽ち果てるのだろうか
耐性菌に打ち勝つ
新鮮な何かはもうないのだ
その足掻きをきっぱり捨てた時
私は流動体になれる
私の人生の血は
また流れ始める
不燃物
竹内幸一
二十年間倉庫に眠っていた
レンジ台、ガス台、乾燥機を
この春
思い立って不燃物に出した
何度か浮かんでは消えていた
倉庫整理の案が
ようやく陽の目を見るまで
二十年かかった
市役所の清掃課に電話をすると
二十年生き延びた形は
実にあっけなく
トラックで持ち去られた
一年使わなければ
すぐ捨てるのが片付けのコツだとか
いずれ使うこともあろうと
未練を積み上げて
狭い倉庫を豊かに埋めた二十年とは
いったい
何であったのだろう
ケチ、優柔不断、不精、怠惰・・・
倉庫の暗がりの空間に
私の吐息が
静かにめぐっている
思い出
竹内 幸一
今の
この語らい
この見物
このドライブ
こぼれてゆく
思い出の砂地の一粒に
音もなくこぼれていく
この瞬間のことを
思ったことさえも
もうこぼれてゆく
蟻地獄のふちにすがって
埋もれていく
足先を見る
くるぶしを見る
膝を見る
たくさんの
たくさんの
ありふれた人類史の限りの
砂粒の中で
風化する粉々の思い出
白い秋風の吹くたびに
微粉末は
羽衣のように空へ舞い上がり
鰯雲となる
こぼれた思い出は
痕跡もない
虹が裂けた
竹内幸一
2003年3月16日
私の中の虹が裂けた
砕けた
あれから
どこでもここでも
臆面もない
冷酷な力のごり押しばかり
正義や真理や人類愛や良心や
やさしさや助け合いや思いやりなどの
人が人としてあるべき掟が
すべて独りよがりの幻となった
理性のかけらもない獣たちが
白い家で蠢き吼え噛み付く
公然の
弱肉強食
欺瞞と金儲け丸出しで
力の正当化は驀進する
そして
そうだったのか
そのやり方でいいのか
日和見することはないんだ
行け行けと
付和雷同する島国の小者たち
3月16日
春の日はうららかにこぼれ
湯けむりが
ありふれた日常そのままに
平和を楽しむように
ゆっくりとのぼっていた
液晶画面
竹内幸一
一枚の
液晶画面に溺れている
それは
わかっているのだが
少し時間が空くと
メールを開いてみる
ホームページのカウントを確認する
掲示板の投稿を読む
すると
そのどこかに堰き止められて
何時しか私の時間は消えていくのだ
操られているようで
踊らされているようで
時折瞑目するのだが
それはモルヒネだ
麻薬切れの禁断症状に震えるように
一枚の
液晶画面にへばりつく
なぜこんなに乾いているのだ
飢えているのだ
二ヵ月で四千名を越えるアクセスに
さまざまな掲示板の対話に
メールのふれあいに
満たされるものがありそうで
寄りかかり
なさそうで
溺れる時間の浪費が悲しくなる
今も
その液晶画面に向かって
一編の詩を書いているのだが
新しい門出に
竹内幸一
人には短所の数だけ
長所が与えてられているらしい
愚図、のろま は 慎重、冷静 にもなる
乱暴、無鉄砲 は 元気が良くて積極的 にもなる
ケチ は 倹約、節約にもなる
これから一緒に暮らす二人は
もう喧嘩を何度かしただろうか
そのたびに
竹のようにしなやかに復元したからこそ
今日のこの日があるのだろう
人は生身の生き物で
頭痛や風邪の咳はもちろん
指の逆むけの痛みでさえどうにも出来はしない
治るときが来るのを待つばかりだ
しかし
心の持ちようだけは
実はいつも自分で選んでいるのだ
妬み憎しみ怒りに通じる視点
喜び愛情思いやり明るさに通じる視点
それが選択できることを
知っていそうで知らないことは悲しい
どうにもならないことがたくさんある中で
よし そうしようと決めれば
手にはいるものが
これからの二人に最も大切なものだとしたら
簡単で、しかも難しくて
難しいけれども 意志を持てば手にはいる視点
共に暮らす中で
その人のいい面の半分を
なるべく見ようとする心がけ
選んで手にはいるものを
二人で選ぼうとする誓いをこの日に
(2月8日・姪の結婚に寄せて)
恥じらい
竹内幸一
ギターを教えていると
その人の持っている
一番いい笑顔に出会える
元校長や重役
おしゃべりでお茶目おばさんなどの
いろんな殻を持つ中高年の方が
自分の幼稚な指の動きにはにかみ
申し訳なさそうに首をすくめる
間違えるたびに
済みません済みませんと連発する人もいる
間違えていることを
素直に認めての微笑みは
生まれたばかりの幼子のようだ
その無垢な恥じらいと共に
自分を変えて行こうとする方の
秘めた奥ゆかしい情熱が私は好きだ
未熟な自分をさらけ出して
前に歩こうとする謙虚な姿勢が好きだ
しかし時折思うのだ
私自身は自分の暮らしの中で
あの美しい恥じらいの表情が
どこかに存在しているのだろうか
と