エスプレシボ 255
ほんの小さなこと
 

             竹内幸一

 今年の夏は暑かったですね。天候もですが、4年に一度のオリンピックも金メダルラッシュで、日本人の血を楽しく燃えさせてくれました。皆様、応援でもお疲れになったことでしょうが、その結果には満足させてもらえましたね。

 そんな金メダルのような晴れがましいものではありませんが、私の夏にもほんのささやかなお祝いの会がありました。今月は、それを糸口にこの欄の話を進めてみたいと思います。

 以前にも書いたことがありますが、ギター関係者や私の友人知人の皆さん25名ほどで、「ヨックマメール友の会(メールをする方ならどなたでも入会できます)」というのを作っています。メーリングリストというシステムで、ひとりの発信が、即座に会員25名に届くようになっています。

 それは簡単に言えば、メール友達のたわいないおしゃべりの会です。家庭菜園で南瓜がとれたとか、ジョギングしたとか、なぞなぞが出てその解答を出し合うとか…ほんの小さなメールのやり取りです。  

会員の中には読むだけの方もいて、そう頻繁に投稿があるわけでもありません。しかしいつの間にか、(7月の終わりで)その投稿数が5,000回になりました。これまでも1,000回ごとに一品持ち寄りなど、会の有志が集まって、それにかこつけた宴会?を開いていました。その流れで、今回は5千回ということで、実は九重で星空コンサートを企画していたのですが、残念ながら台風で流れてしまいました。それでも、それに代わる焼肉パーティーということで、10数名の方の出席による祝う会を開くことが出来ました。

 仲間にメールを出すことが、またそんなたわいないことの5,000回というカウントに、何か意味があるのか?と問われれば、さてどうでしょうか。見方によれば、そこには何もないと言えるかも知れません。しかし、そのひとつづつの点や、またその5,000回の記念の集まりは、私の生きていく湯水のような時間の中での、意識的な歴史にしています。大げさなようですが、それはひとつの金メダルになっているとも思っています。

 実は、私はそのMLと、それに加わってはいない友人知人の方に、毎日1句の俳句とミニレターを送っています。メールの活性化?と、自分の俳句の修行のためにと、およそ3年ほど続けています。恥ずかしいのですが、最近の分をここに2,3載せてみましょう。

野分風 猫おどおどと 人に寄る 

 ふだん知らん顔して寝てばかりの猫も、あまり風が強くて音がすると怖いのか、不安そうに人に寄ってきます。

◎金メダル 声割れ響く 涼夜かな 

いよいよさすがの夏も終わりに近づいたのでしょうか。夜の風が心地よくなりました。お盆休みも終わり明日から仕事全面再開です。

◎まとまらぬ 花もてあます 百日紅

暑いせいもあるのでしょうが、百日紅の花はそれぞれが好き勝手に八方を向いて咲いています。

 これが俳句になっているかどうか、俳句を始めて15年ほどになりますが、いまだに自信はありません。1行日記とでも言ったほうがいいのかもしれません。俳句を批評するのに「月並み」という言葉があります。誰でも同じように感じる、平凡なごくありふれた作品を「月並み」というようです。 

 猫が寄ってきた・・・それがどうしたんな?百日紅の花がばらばらに向いて咲いていた・・・だからなんじゃというんな。読む人によれば、そんな批評をする方もおられるかもしれません。それも月並みの域を出てないことから来る作品の弱さからでしょうか。やはりいい作品に出会うと、その視線の斬新さ、奥深さ、言葉の巧みさなど、俳句の真髄を感じることがあります。

 それはともかく、ごくささやかな身の回りの猫の動きなど、日常茶飯事のありふれたことですので、ほとんどは見逃しています。たまたま、俳句らしきものを形にしようとしたところから、その1点が言葉の写真に撮れました。

 その点の連続は、ほんの小さなことです。しかし、そんなささやかな積み重ねの連続によって、私たちの人生は流れています。その中のほんの少しでも、俳句をすることできちんと捉えることが出来るとすれば、私にとって俳句は、自分の生を見つめる貴重な窓口だろうと思います。先ほどのメールにしても、そこに何かを見出すかどうかは、自分の意識の問題です。その意識があるかないかで、私たちの毎日の暮らしは、彩(いろどり)を変えていくのではないでしょうか?

 例えばコンサートを開くということも、その小さな点を意識して、自分のものにしようとする積極的なチャレンジです。何もしなくて流しても日は過ぎて行きます。そんな中に、あえて、練習や雑多なそれに付随する苦労を呼び込もうとする意識、それこそが、今回のテーマだと思います。

では、お言葉に甘えて(誰も催促してないって)もう1句。

 レッスンを 終えて聞こゆる 虫の声

皆様、ここちよい秋を満喫してください。

リレー随筆114

子猫を拾って

     白石まさ子(声楽科講師) 

愛猫 美優(みゆ)ちゃんとの出会いは、去年の9月の初め。その日私は、或る老人ホームの慰問コンサートに出演する為、家を出、歩いていると、近くの空き地に白い物体を発見しました。はじめは、ぬいぐるみかな?と思い、よく見ると、それは生まれてまもない子猫でした。私が近づくと、小さいながらも「ミィー、ミィー」と鳴き、まだ目も開いておらず地面にへばりつきながら、親猫を探す仕草を繰り返していました。しかし私は、今から出掛けなければならず、「誰かいい人に拾われてね」と後ろ髪をひかれる思いで、その子猫を置いて行きました。

そして、コンサートが終わり、帰宅の途につき、あの空き地に近づいてきました。「どうか拾われていますように」と願いながら見ると、その子猫は、朝私が発見した状態で地面にへばりついていました。動物好きの私は、子猫をそのままにできず、家に連れて帰りましたが、主人は激怒!!さんざん反対されましたが、「必ず里親を探す」という約束で、子猫を育てる事となりました。

次の日、粉ミルクを買い、お店の方に色々教えていただき、インターネットで検索、プリントアウトしたものを参考にし、反対していた主人を巻き込んでの授乳が始まりました。毎日、3.5〜4時間おきに授乳。仕事の日は、家を出る時間から逆算して、早起きし、帰ったら、夕食の支度を後回しで授乳。私が遅い日は、主人がミルクをあげてくれました。授乳後は、ぬらしたティッシュで肛門を刺激しておしっこをさせ、11回は蒸しタオルで体を拭いてマッサージ、そして必ずその後はしっかりと抱きしめて「ミィちゃん、ミィちゃん」と呼びながら、顔や首筋、体を優しくなでてやりました。すると私にしっかりしがみつき、のどをゴロゴロ鳴らしながら、安心した様子で私の腕の中で眠ることもありました。

子猫を育てる上で大切な事は、おしっこをさせる事と、体温を下げない事で、毎日ペットボトルにお湯を入れ、体を温めてあげました。でないと死んでしまうそうです。

そんな毎日が、約1ヶ月続き、目が開いては喜び、一人でおしっこ、うんちをしては喜びと毎日毎日が、喜びと驚きの連続でした。

結局、里親は見つからず、愛猫 美優は、病気・けがもなく、りっぱに成長し、今は、家の中を所狭しと、遊び走り回っています。我が家には、もう1ぴき、先の住民 柴犬のケン太君がいます。初めは、不気味な白い物体を「なんだ コイツ!!」って顔をして見ていましたが、今はお互い食べ物以外はケンカもせず、それぞれお気に入りの場所で仲良く過ごしています。本当に動物はかわいいですね。

ところで、愛猫 美優ちゃんの名前の由来ですが、名付け親は私の実家の父。私の主人は大の阪神タイガースファンで、去年17年振りにリーグ優勝!ペナントレース中もテレビの前でメガフォンを持って応援し星野監督の胴上げを見て、夫婦で涙を流しました。その阪神タイガース優勝の優とミィミィ鳴くので、そのミィをとって美優(みゆ)と名付けてくれました。とても単純な名前ですが、「この子が我が家に来た年に、阪神タイガースがリーグ優勝したんだなぁ」と思い出させてくれます。

そして今は、主人と私、ケン太君に美優ちゃんと「ワイワイ ワンワン ミャオーミャオー」と賑やかな毎日を送っています。

きままなコンサートレポート7

アンサンブル「優」コンサート 

8月17日(火)19時〜 音の泉ホール

ホールの7割ほど入っていて、お客さんが多いのに驚きました。人気があるんですね。

プログラムは、ハイドンのセレナーデや、アイネ クライネなど、馴染み深い曲を入れて構成されていました。弦楽器の重奏を楽しむには聴き易く、良いプログラムだなと思います。私は、最後のドボルザークのピアノ5重奏を楽しみに行ったのですが、聴いてやっぱり美しい曲だな〜と思いました。(ピアノパートの人が上手だったな〜)ドボルザークの曲はいつも、美しさの中に温かさ、郷愁のようなものを感じます。新世界なんかは、特に顕著に表れていますよね。思わず「遠き〜山に〜日は落ちて〜〜♪」と歌いたくなるあの曲です。まるでふるさとを思わせる童謡のように心に響きます。他の曲でも、ドボルザークの曲はどこか懐かしい感じがして、落ち着きますね。このコンサートでも、ピアノ5重奏を聴いたことで、優しい気持ちになって帰りました。ドボルザークさん、ありがとう。
 さて、プログラムは、とても楽しめたのですが、ただ始終ちょっと気になったのは、音程です。(なんだか、いつも褒めてますね、と言われたりするので、ちょっとここで正直に書いてみると…)弦楽4重奏は、一つで和声を出せる楽器と違って、一声ずつの重なりなので、音程は誤魔化しようがありません。私の耳には、一人音程が気になる人が…(私は絶対音感ではないので、何ヘルツという微妙なピッチのずれは勿論分かりません)すごくきれいだな〜とうっとりしていると、一人音程が外れて、あららら?すべてのハーモニーが崩れてしまいます。音程が音楽の全てでは勿論ありませんが、やっぱり残念!という感じがしました。フレットのない弦楽器の難しさは、まず音程がピタッと合うことですよね。しかも、何人かいればそれぞれの持っている音程がまたピッタリ合わないといけないので、本当に大変だなと思います。

 そうそう、ギター合奏連盟の定演で、スペシャルの指揮者高野さんが、開会の挨拶でこんなことを言っていました。「うまく弾くコツは!!!調弦をしっかりすることです。皆さん、出演前は、調弦をしっかりしましょう!」と。その時はその言葉が余りピンときませんでした。でも、このコンサートに行って、「なるほど!」と大いに納得しました。ギタ−は、ヴァイオリンやチェロと違ってフレットがあるので、チューナーなどで意識的にきちんと調弦をすればきれいなハーモニーが生まれます。調弦は、スポーツ選手の準備体操のようなものかもしれませんね。しなくてもいいようにあるけど、一番大切なこと。音程と調弦の大切さを改めて考えた日でした。

 調弦といえば、ピアノでも、伴奏をする時にはやっぱり他の楽器との音合わせにかなり気を使います。ピアノの場合、他の楽器を合わせてもらいますが。

コンサートを聴いていて、始まる前にはお決まりのように、音合わせが始まります。すぐに弾き始めずに、「ラ〜♪ラ〜♪」っていつまでやってるんだろう?と思う時もあるかもしれません。(自分が音をあわせてて、なかなか合わない時は焦ったりもするんだけど)でも実はそれがとっても大事なんですよね〜。

 余談ですが、ピアノは奏者によって音程を調節できない!と私は思っていました。でも、アンサンブルピアニストとしても活躍している私の大好きな野平一郎さん(ピアニスト・作曲家)が、ある雑誌で「ピアノの音程は奏者によって変えられる。いつもソリストの音程に注意して、音色やタッチで音程を調節するべきだ」ということを書いていました。そうなのか!?目から鱗!(竹宏)

教室のほんわかエピソード4

「くつ、なかよし!」Byみずき 

いつも元気に(2階にいても聞えるほど元気に)「せんせ〜〜〜い、こんにちはぁぁ〜〜〜」と挨拶して入ってくるみずきちゃん。ある日・・・くつをぬいで、その小さな靴を小さなおててできちんとそろえました。(えらいぞ!)

それから、きちんとそろえた靴を見て、みずきちゃんが一言。「くつ、ちゃんとなかよしになったよ」 !!!な〜るほど!!!言われてみればその通り!靴がそろっていないと、ばらばらでまるでケンカしたみたい。靴がきちんとそろっていると、右と左の二つが、仲良く寄り添っているように見えますね。

仲が良いのは気持ちがいいね。

エスプレシボ10月号 256号

 白帷子(しろかたびら) 
                竹内幸一
 今月は、最近読んだ「小説 最後の武士 井伊直弼「化天」龍道真一著・廣済堂出版」について書いてみましょう。井伊直弼というと、まだ子供のころだったと思いますが「花の生涯」というNHKの大河ドラマがあったのを覚えています。当時は、何も分からず、たぶんチャンバラドラマとして見たので、今、記憶にはほとんど残っていません。しかし、またビデオでも借りてきてみたいものだと、この本は思わせてくれる深みのある面白さが残りました。
 
 歴史ものの場合、当然のことながら、その主人公で、見方が変わります。坂本竜馬、勝海舟、西郷隆盛、徳川慶喜、吉田松陰・・・同じ時代を描いても、それぞれの相反する立場が正当化できるようになっています。この本も、安政の大獄など過酷な政治を断行した井伊直弼が、それをやらざるを得なかった社会情勢や信念が、納得できる筋立てで描かれています。
 
 直弼を描くためのコントラスト役に、幕閣の筆頭である老中「阿部正弘」が登場します。阿部は「天下の聞巧者(人の言う事をよく聞く。聞いて聞いて聞きまくるが、自分の意見はいわない。言う度胸がない。自ら決めない。表に出ないやり方)」といわれる人物です。若くして筆頭老中になるのですから、それなりの才覚のあった人物であることは間違いありません。しかし、弱体化した徳川幕府を襲う様々な大嵐はどちらへ行くにしても大変な選択でした。ペリーが来て、開国か戦争かと迫ります。しかし鎖国を続けろと迫る朝廷。攘夷(外国人なんか打ち払ってしまえという主戦論)、倒幕、尊王、勤皇、佐幕・・・そして将軍の跡継ぎを狙う様々な水戸や紀州の策動。
 
 サンドバックのように、あちらからこちらから叩かれて、阿部は時折「この私に何が出来るというのか」と泣き叫ぶことがあります。結局、江戸城内が激動の中で何も決められないまま、阿部は心労のため39歳で他界するのです。死因は過労から来る胃ガンだったといわれています。
 
 阿部の後を堀田正睦が継ぎますが、朝廷工作に失敗などがあり、次の大老にいよいよ井伊直弼が登場します。
 
 諸藩の大名への最初の所信表明のときから、直弼は羽織の下に白帷子を着て修羅仁王の如くになり、自分の考えを貫きます。私利私欲なく、いつでも命を投げ出す覚悟で、白帷子を着て、猪突猛進するのです。朝廷の賛同のないまま、アメリカや、スペイン、ロシアなどの諸外国との開国、通商、友好の条約を結びます。様々な反対勢力である、吉田松陰や橋本佐内などには、大弾圧を加え処刑します。水戸斉昭らの策謀を抑え謹慎処分などを課すと共に、次期将軍を決めます。
 
 その赤鬼の所業といわれる施政は、当然激烈な恨みを買います。その最後が、桜田門外の変(今で言うテロ)へつながったことは、皆様ご承知の通りです。
 
 直弼は茶人でもありました。有名な「一期一会」は直弼の記した「茶湯一会集」の序文に載っているものです。一生に一度きりの様々な出会いから逃げることなく、神州日本の将来を見据える信念を貫く姿を、この本は、最後の武士とたたえます。雪の降る朝、「不穏な空気あり」の投げ文のある中で、「是非に及ばず」とあえて出発し、覚悟の襲撃に身を投げ出すのです。
 
 どの方もそうだとは思いますが、生きていく上では、阿部正弘のように人の意見を聞いてばかりではどうしても前へ進まないことに出会います。何らかの決断を下すことは、それに伴ういろんなことが起こりうるのですが、それでも、やり直しの出来ない決断が求められます。
 
 音楽の仕事は、直弼のような天下国家のこととは比較になりませんが、それでも、やはり決断しなければならないことがあります。私もどちらかと言うと、阿部のようにあちこちから何か言われるたびにそれになびきながら、気の弱い優柔不断を嘆くタイプです。しかし、そのままでは何も行事が進みませんので、やはり最後は自分の意志で、このコンサートはこうやるんだと踏み出さざるをえません。曲選び、会場、日程・・・それぞれ苦情の出ることもありますが、まだ「サンシティー門外の変」(笑い・門もないし)とかで命を狙われるようなことはありません。
 
 しかし、それに安住して、私利私欲や、自分の面子などのために行事を起こしていれば、いつか周りから人が離れていくことでしょう。日本と言う国の存続のために鎖国か開国かと悩みぬいた直弼のように、この行事が音楽を学ぶ人たちのためになるかどうかを、基本にすえていなければと肝に銘じさせる本を読みました。見えないけれども、私も白帷子を着るような気持ちで、この仕事の後半生を過ごせたらと願っています。

第20回よちよち音楽入門鑑賞講座 
★オペラ*時.10月20日(水曜日)
 午後1時30分から・ドニゼッティー
歌劇「愛の妙薬」(125分)エヴェリーノ・ピド指揮・リヨン歌劇場管弦楽団。
★音楽鑑賞講座
●幼児・小学生の皆さんへのやさしい音楽鑑賞講座。*10月31日(日)6時〜6時30分
●一般音楽入門鑑賞講座
   *10月31日(日)7時半〜8時半
スペインギター史の旅 (5)
ラプソディー・グラナドスと国民主義
●受講料 500円(資料と休憩のお飲み物付き)
<行事予定>
■第31回エチュード・ファミリー・クラブ例会 
10月10日(日曜7時)サンシティー音楽院。
■第5回 ハッピーコンサート (光の園)無料
  10月11日(日)午後2時開演
■第26回魅惑のギターステージ 無料
  10月17日午後2時・中部公民館
          午後7時・北部公民館
 演奏出演・ルベックひまわり
■第161回 さわやかコンサート
10月22日(金)鶴見病院6時40分
■ほのぼの歌声サークル
(月2回・会費月額千円)会員募集中
   10月は13日と27日・水曜日午後2時から

●ルベックスペシャル告知板 
10月の練習。(土曜日)5回。
11月21日10時西部地区公民館文化祭出演。

レッスンお休みのお知らせ
【5週目のお休み】10月29(金)〜31(日)

リレー随筆115
乗せられ続けて1年半
村上 真紀(フルート科)

『フルートを始めて、1年半が経ちました』
 春の定期演奏会も無事終わり、中だるみ…?真っ只中のわたしがフルートを習い始めたきっかけは、去年の定期演奏会を見に行ったことでした。それまでフルートを持ったことも無く、実を言うと興味も無かったのですが、広い会場で音色を聞いたとき「この楽器、やってみたいなぁ」と感じました。さっそく、ギターを習っている妹のツテで石井先生を紹介してもらい、フルートの組み立て方・音の出し方という初歩からレッスンは始まりました。
『サンシティー音楽院の共通項?』
 ホメ上手!これに尽きると思います。レッスンは楽しく、コソバユイほど褒められるのですごくやる気になります。調子に乗ったわたしが、当時〔亀の井ホテル〕で開催されていたEFC(エチュードファミリークラブ)に初出演したのが、2ヵ月後。たしか初めて習った曲を発表したと思います。この、月一恒例発表会で緊張に慣れていたのか、定期演奏会では、気持ちよく演奏できました。
『これから、』
吹きたい曲は数知れず。TVやお店でかかる曲も気になっていますが、まだまだ腕がついて行かないので、いつのことになるのやら…。ただ、きっとこんな私の小さなつぶやきも、石井先生の「この調子だとすぐ弾けるようになるわよ」という得意の褒め言葉で、はるか彼方に飛んでいくことでしょう(笑)

教室のほんわかエピソード5
まきちゃんのフルート大好きエピソード
明るく自然体で、周りのみんなを「超」和やかな雰囲気にしてくれるマキちゃん(今回のリレー随筆の筆者)。彼女は妹のアッコちゃんと一緒に、色々な会や講座にも参加してくれます。
♪エピソード1(EFC編)
毎月第2日曜に行なっているEFC(今、勉強しているところを、気負わずに発表しようという会)そこで常連メンバーのマキちゃん。
ある月のEFCのこと・・・。吹き終わった途端、ガッツポーズ!(←マキちゃんらしいぞ!)そして、一言!「先月のリベンジ!!!」。前の月に吹いた曲の出来が、納得いかなかったので、もう一度、同じ曲にチャレンジして発表してくれたようです。演奏する人ならわかりますが、これはなかなか出来ません。一度出した曲を、もう一度頑張ってみようと思って楽譜を開くことは、演奏する上で、大変だけど、とても大切なことだと思います。リベンジして頑張れた時の喜びは、そりゃ〜、ガッツポーズをしたくなるはず。でもそれは、リベンジした人にしかわかりません。そんなふうに曲に取り組めたら素敵だな〜
♪エピソード2(オペラ鑑賞講座編)
マキちゃんは、オペラも大好き。オペラ鑑賞中、オーケストラの映像でフルートが映し出されると、必ず、「あ!‘私の‘楽器!見た?」と満面の笑みでみんなに教えてくれます。
こんなふうに、フルートに愛着を持って、楽しんでいるマキちゃんに、拍手!(竹宏)

いってらっしゃい、 あっこちゃん!!
ルベックひまわりの会長をつとめ、ほのぼのコーラス、オペラ鑑賞講座でも活躍の、わが音楽院の愛すべき「村上昭子さん」が、10月19日から世界一周!3ヶ月の旅に出発します。人柄が良く、みんなに慕われるあっこちゃんなので、豊かな旅路が待ち受けていると思います。音楽院一同、あっこちゃんの大切な旅が、素敵なものになるように・・・と、別府から祈っています。あっ子ちゃんの思い出話を心待ちにして・・・。


第26回ルベック定期演奏会・魅惑のギターステージ
別府市縦断草の根
ギターコンサート

今年のコンセプトは・・・・・・
ギター音楽をもっとあなたの身近に!

ということで 特別企画を開催・・・・市内6ヶ所の地区公民館に出前コンサートをすることにしました。近くだからと、歩いてきていただける方に喜んでいただければ幸いです。
入場料は、全会場とも無料です。10月17日よりいよいよスタートです。皆様の応援をお願いします。

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中部地区公民館
日時:10月17日(日)午後2時開演
   演奏出演:ルベックひまわり
北部地区公民館
日時:10月17日(日)午後7時開演 
演奏出演:ルベックひまわり

ルベックひまわり プログラム
♪ソロ 1・いい日旅立ち(村上) 2・祝い船(友)
♪2重奏  1・ローレライ(清末・福本) 2・ぼだ
いじゅ(中浦・友) 3・アンダンテ(千村・高橋)
♪3重奏   ロマンス(高橋・中浦・福本)
♪4重奏   7つの水仙(村上・千村・清末・友)
♪ギター&オカリナ 1・口笛ポルカ
 2・サンタルチア 3・夜空のムコウ
♪全員合奏 1・河は呼んでいる 2・秋桜 
3・森の熊さん変奏曲

<演奏出演者>中浦秀子・高橋幸子・千村宣子・友昭子・清末昭子・福本澄子・村上昭子
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中央公民館 
日時:11月27日(土)午後7時開演
演奏出演:ルベックスペシャル
西部地区公民館
日時:11月28日(日)午後2時半開演
演奏出演:ルベックスペシャル

ルベックスペシャル・プログラム
♪ソロ  1・サウダージ2番(溝口伸一)   
2・ホセのソナタ第1楽章(竹内竜次)
3・エチュード11番 (高野一男)
4・かえり船他田端義男メドレー(竹内幸一) 
5・禁じられた遊び (手嶋修一) 
♪2重奏  1・おお牧場はみどり(安部・周藤) 2・宵待草(佐藤・安部) 3・If we hold on together(佐藤・岩男) 4・おてもやん(浦島・遠藤)  5・??(笠木・高野)
♪3重奏 1・おおスザンナ(手嶋・佐藤・岩男) 
2・トルコ行進曲 (荒木・衛藤・浦島) 
3・ラッパ手のセレナード(遠藤・河野・長沢)
♪全員合奏 ? 1・哀愁のハンガリー
2・さくら変奏曲 3・ セビーリャ 

<演奏出演者>竹内幸一・笠木哲也・高野一男・手嶋修一・佐藤とし子・河野啓二・荒木正文・小笹昭洋・安部智子・周藤康一・竹内竜次・遠藤みどり・溝口伸一・浦島順子・衛藤正司・岩男八千子・長沢晃洋
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南部地区公民館
日時:12月4日(土)午後2時開演
 演奏出演:ルベックムーン
朝日大平山公民館
日時:12月5日(日)午後2時開演
 演奏出演:ルベックムーン

ルベックムーン・プログラム
♪ソロ演奏 1・ミッシェル(高橋)
    2・恋人よ(本田) 3・小ロマンス(内宮)
♪2重奏  1・とうりゃんせ(長谷・佐藤) 2・聖者が町にやってくる(内宮・後藤)  3・エーデルワイス(内宮・宮原)4.・白い道(高橋・後藤)
♪3重奏  1・愛のロマンス(吉本・富松・小島)
2・山寺の和尚さん・月光(岡本・本田・阿部)
♪5重奏  
黒い瞳の(内宮・後藤・長谷・宮原・佐藤)
♪合わせもの 
1・夏の想い出(ギター&ハーモニカ:佐藤)
2・影を慕いて(マンドリン:後藤・ギター:内宮)
3・酒は涙かため息か(ギター弾き語り:佐東)
♪全員合奏 1・雪の降る街を  2・月の砂漠

<演奏出演者>阿部千鶴子・高橋勇・
吉本富佐子・小島美江・本田礼子・佐藤至徳・
岡本久子・長谷嘉臣・佐東勝・宮原 誠・富松睦子・後藤一成・内宮健治

























エスプレシボ 11月号 bQ57

鳥の歌(カザルスの祈り)                 竹内幸一

 今年は、台風がたくさんやってきたり、新潟のほうでは地震があったりで、これから日本列島はどうなるのだろうと、時折り底知れぬ不安を覚えるほどです。しかし、そんな折にこそ心安らぐ音楽の楽しみを持っていることのありがたさも分かります。今月は、今の私を癒してくれている、パブロ・カザルスのチェロ音楽を取り上げてみたいと思います。

 私はこれまで、チェロについてはほとんど無知でした。それがチェロに近づくことになったのは、今年の初め、ハーモニアス別府で来年のニューイヤーコンサートにチェロリサイタルを企画(遠藤真理チェロリサイタル・123日開催)してからのことです。ふと目に付いたCD11枚組みのカザルス全集の広告を見て、チェロを聴いてみようと思いたち、いわば衝動買いをしてしまいました。

それから半年あまり、私はチェロにはまりました。大地の地盤まで揺り動かすような重低音、魂を浮遊させてくれるような中音、胸が迫り涙のこぼれそうな高音…その音たちの織り成すカザルスの音楽は、私に新しい音楽の喜びを教えてくれました。

 全集にはいろんな曲が入っていますが、中でもカザルストリオ(カザルスのチェロ+アルフレッド・コルトーのピアノ+ジャック・ティボーのヴァイオリン)による、ブラームスやシューマン、メンデルスゾーン等の音楽には、これぞ音楽の真髄という馥郁たるアンサンブルの喜びを感じさせてくれるものがありました。3つの楽器が自己主張しながら、かつ、それぞれを生かし、それぞれを助けながら、音楽観のぴったり一致した絶妙の音の重なりを作っていました。

 しかし、カザルスを語るには、まず何よりもバッハの無伴奏チェロ組曲を取り上げなければなりません。この曲はチェロの歴史を変え、カザルスを不滅の音楽家にする第1歩の礎となったものです。

11歳でチェロを始めたカザルスは13歳でもう演奏活動をしていました。その頃何かいい曲はないかとある港町の楽譜屋へ入りました。そのとき、きわめて偶然ですがぼろぼろの6曲からなるバッハの組曲が見つかりました。それは、練習曲として見捨てられていたものでした。しかし、それを手にしたカザルスに霊感が走りました。以後12年間カザルスはその曲の解釈と演奏法に情熱を傾けるのです。難曲部分を演奏するには、それまで定説とされていた脇を締めることをやめるなどチェロ演奏法の歴史的な大改革まで行いました。そして世に出たバッハの無伴奏チェロ組曲は、以後チェロ奏者の聖典ともなり、カザルスを世界的な音楽家にしたのでした。

その他カザルスのエピソードについて書きたいことはたくさんあるのですが、紙面に限りがありますので、ひとつだけに絞りましょう。興味がおありの方は「パブロ・カザルスの喜びと悲しみ(朝日選書439)」や「鳥の歌(ちくま文庫)」に詳しく出ていますのでご覧ください。

カザルスを語る上で何よりも優先させたいことは、彼の平和への強い意志でした。今、音楽家にしろほかの芸術家にしろ、政治的な発言や行動を控える傾向があります。しかしカザルスは、「私はまず第一に人間であって、芸術家であることは第二だ。私の人間的な責務は同胞の安寧にある」と書いています。その良心から、スペインの独裁フランコ政権に抗議し、生まれ故郷を捨て亡命生活を送ります。その地で、自由を愛することから迫害される人々の救済に全力をあげるのです。

カザルスは96歳で亡くなるまで演奏活動を行いますが、人間の自由と尊厳を抑圧する独裁者フランコのいる間は、自国ではもちろん、その政権を承認する国でも一切の演奏活動を止めてしまいます。

ただひとつの例外は、フランコ政権承認国アメリカのホワイトハウスでの非公開コンサートの実施でした。カザルスは演奏受諾の手紙に次のように書いています。

「人間性が、今日ほど重大な状況に直面したことは、いまだかってありません。いまや世界の平和ということが、全人類の祈願ともなっています。すべての人は、この最終目標達成のために最善を尽くすという義務があります。それゆえ私は、大統領と個人的に親しくお会いできるこの機会を心待ちにしております。・・・・略・・・・・」

カザルスは、その当時ヒューマニズムの指導者として大きな期待の中にあらわれたケネディ大統領に、平和への祈るような望みを託してコンサートを受諾したのです。

そのホワイトハウスコンサートや国連等でも演奏されましたが、カザルスは演奏会の最後に、平和への祈りをこめてふるさとカタロニアの民謡「鳥の歌」をいつも取り上げました。「カタロニアの小鳥は、青い空に飛び上がるとピース、ピースと鳴くんです」という挨拶をして演奏に入るのが常でした。その曲は、ほんの3分ほどの曲ですが、澄み渡っていくエメラルド色の光の中で、身も心も清らかに洗われていくようなすばらしい曲です。

19731023日にカザルスが亡くなって30年過ぎた今、あのケネディ大統領へのカザルスの祈りの手紙が、今こそ私たちの願いだと思わずにはいられません。

リレー随筆116

スリムにシンプルに

永嶋 順子(ギター科)

 

 この夏の終わりには、殆ど同じコースを辿って三つの大きな台風が直撃し暴れまわりました。被害に遭われた方も沢山ありました。   

里山の私の住まいでも大木が倒れて道路をふさぎ、枝や吹き散らされた葉っぱで足の踏み場もありませんでした。困った事に電線も引きちぎられたので停電になってしまいました。私の家では飲み水はご近所と共同で井戸水をモーターでポンプアップして給水しています。ですから停電すると水も出ないのです。ファックス電話ですから電話も繋がりません。時代に遅れている?我が家にはまだ携帯電話もないのです。

 台風は去っていったのに、ご飯も炊けずお風呂にも入れず、テレビも見られない、電話も掛けられない、かかっても来ない。思わず笑ってしまう事態になりました。

 それで・・・イギリスで思い出に買求めた取っておきの飾り蝋燭に火を点し、トーストしない食パンとジュースで夕食を済ましました。蝋燭の灯りは夫の大きな影を作り、テーブルの粗末な夕食をいわくありげにゆらめかせ、家に入れた犬のローラや猫のななの大小の影もじっと動かず、何だか幽玄の世界に身をおいているような気がしてきました。こんな時、もっともっとギターが上手になっていて「アルハンブラの思い出」など爪弾くことが出来たら素敵でしょうに・・・と残念だった事。

 普段当たり前にある物が何にもなくなった夜は、私自身が透明になって昇華されていくような感覚になりました。夫と蝋燭の灯りを見つめながら、取り留めのない話をいつまでも続けました。

 朝、無残に荒れた庭にはいつもと変わらず鳥達がさえずり、犬も猫も元気に飛び出して行きました。

人間はと云いますと夜が明けないうちから近所の人たちが電力会社に修理の催促をするやら倒木をチェンソーで切って道路を確保するやら皆右往左往して大童です。

やがてライフラインも何とか回復できました。でも近所の農家では皆作物に被害を受けていてむしろこれからが苦労なのです。

 それは分かっているけれど、そして我が家も後片付けがまだまだだけれど、私はあの日のシンプルさが忘れられません。

 小鳥のように、動物のように、私ももっとスリムにシンプルにをこれからのモットーにしたいのだけど本当に出来るかな?無理かしら?

 

 きままなコンサートレポート 8 

作曲家コレクションMOZART

オーボエ(茂木大輔)、ピアノ(伊藤恵)

2004年9月23日13:30〜 音の泉

日本のクラシックコンサートと言えば、良くも悪くも、「緊張する」というイメージがありませんか?演奏者も、観客も、ピーンと張り詰めた時間。カツカツと舞台を歩く演奏者の足音が妙に響き渡り、咳を立て続けにしようものなら周囲の人から睨まれるような空間。(それはそれで、私個人は嫌いではありませんが)以前は、そういう緊張の?クラシックのコンサートが主流でしたが、今は少しずつ変化しています。今回のコンサートも、変化したかたちの1つでしょう。まず演奏者自身がマイクを持って出てきて、「みなさ〜ん、モーツァルトが好きですかぁ」から始まり、次々話が飛び出して、笑ったり頷いたり。客席は和やかな雰囲気です。物音がしてもそんなに気にならないし、お客さんはリラックスして、感想などをお互いに言い合ったりしています。  そういう雰囲気と、選曲のためか、このコンサートでは親子連れが多かったようです。例えばこれが、「茂木大輔オーボエリサイタル」だったら、それほど親子連れはいないでしょうね。

サロン風のコンサートでは、こんなリラックスした雰囲気がありますが、音の泉ホールの客席数で、しかも一流のメンバーによるコンサートで、今まで体験したことがありませんでした。ある意味、とても新鮮な気持ちでした。でも、音楽雑誌を見ると、「へぇ〜、物語付きか」「ほ〜、お客さんも打楽器参加するんだねぇ」など、とにかくコンサートは本当に多様化しています。日本のクラシックコンサートは、悪く言えば、少し堅苦しい肩を張ったような雰囲気から、抜け出ているものが増えていますね。

雰囲気だけでなく、日本のコンサートの内容も変化しています。ピアノリサイタルとか、オーケストラコンサートとか、そういうただ漠然?としたコンサートではなく、「今回のテーマは、『モーツァルト』です」とか、「親子で楽しめるコンサートです」とか、そのコンサートの核になってアピールできる部分を持っているコンサートが増えています。コンサートが各地に広がる中で、印象付け、選ばれるために、独自性が求められているのでしょうね。

さて、今回の私の中での目玉は、伊藤恵さん!私はライグラフ氏の熱狂的ファンなので、お弟子さんの伊藤恵さんの演奏がとても楽しみでした。やっぱり音色が透き通るようにきれいでした。そして、ものすごく構築されたモーツァルトだったので、もっと即興的で、流動的なイメージを抱いていた私には、新鮮でした。

他の管楽器も、新鮮でした。恥ずかしながら私は、管楽器をCDやコンサートであまり聴いたことがないので、管楽器の音色の良さ?を知りません。オーボエは「ペーペー」って、なんか気が抜ける音だなぁ(オーボエ好きの方ごめんなさい)、クラリネットを聴くと、どうも「クラリネットこわしちゃった」を思い出していけない・・・なんていう食わず嫌いだったんですが、今回オーボエやクラ、ファゴットなどを聴いて、驚きました。誤解を恐れずにいえば、素晴らしい演奏は、どれも同じような音がするのかもしれない、と思いました。どの楽器でも、力強くても、また弱くても、心に柔らかく響く、やさしい音色でした(驚)。

色々な面で、このコンサートは新鮮でした!

 

教室のほんわかエピソード6

「テレビ廃止しました」

子どもさんのいらっしゃる、あるご家庭のエピソード。「先生、実はうち、テレビ廃止しました」お母さんの話を聞いてみると、テレビが壊れたのをきっかけに、テレビを見ないことにしたというんです。テレビがなくても他に楽しみがあるし、テレビが無い方がその他のたくさんの楽しみに触れることができる。テレビを見てるとそれで時間が経ってしまうけど、その時間、家族で会話をしたり本を読んだり、もっと別のことに時間が使える。だから新しいテレビを買ってないんです。・・・そうおっしゃいました。「え〜!そんなのムリ!」と思った方もおられるでしょうね。このご家族も、決めました、そうですか、とすんなり話が進んだのではなくて、ご両親が話し合って決め、子どもたちにそれを説得する。子どもが納得して、しかもテレビの無い環境に慣れるまで、それはそれはご両親の根気が必要だったでしょう。「見たい見たい」といわれ、途中で折れて見せたら子どもも喜ぶし、その方が一見円満ですね。でも、そうすることで、子どもの大切な時間をテレビに奪われてしまうことを、ご両親は考えたのでしょう。子どもは本当に柔軟で、何も無いところから遊びを生み出す天才です。でも、テレビがあることで、無い状態が奪われると、何かを生み出そうとはしません。それは、子どもの可能性を奪っていることと同じといえます。

テレビが悪い!とは思っていません。たくさんの情報が得られ、とても便利なものです。でも、どのように見るかが問題だと思います。無意識のうちにテレビから時間をコントロールされたくはありませんよね。私自身、何となく見始めたテレビをずっと見てた、何てことがあります。テレビを見る時間、家族と食事する時間。自分の意思でコントロールしたうえで、テレビと上手く付き合いつつ、時間を過ごせたらと思います。

子どもたちが大人になれば、時間をどう使うかを自分で選べます。テレビで時間を使うことも出来るし、パチンコも出来る。でも、読書をしたり、登山をしたりして、受動的では出来ないことで時間を過ごし、そこから喜びを得ることが出来たら、本当に素敵でしょう。

子どもたちに、将来、そういう豊かな時間を過ごしてほしいな、と心から願います。そのために、そうできる力を今、蓄えて欲しいと思います。それから・・・時間の使い方を選べる時に、小さい頃習った楽器が、子どもたちの手助けになればうれしいな、といつも思っています。(竹宏)

エスプレシボ 12月号 bQ58

神 秘      竹内幸一

昨日は、毎年恒例の魅惑のギターステージが終わりました。夜は打ち上げ、2次会のカラオケと続き、仲間といる喜びをまた再確認できました。

今年の定演は、草の根コンサートということで、ルベック3グループがそれぞれ市内の2つの公民館を受け持ち、全6ヶ所の市内地区公民館へ出前コンサートをするという新企画を実施しました。26年目の初めての取り組みでしたが、いろんな実りがあり、また問題点も見つかりました。12月のはじめに、残り2館でのルベックムーンのコンサートがあり、この企画が終わりますので、その結果を踏まえ、皆さんの声をお聞きしながら、また来年は、更なる飛躍を目指して企画を練って行きたいと思います。

と、まあこれはよくあるパターンの決意表明です。今月は、この「より、よいものをめざす」という命あるものの本能的な志向について「神秘」というおごそかで?大げさな?題で何とかこの新聞を仕上げたいと、あわてているところです。実は、市内6ヶ所のコンサートというのはそれぞれの規模は小さいのですが、どのコンサートにもかかわると、やはり結構手間を取ります。それで、この新聞がぎりぎり後がないところまで遅れていると・・・・言い訳を書いても新聞は仕上がりませんね。それなのに、今月はこれを書くんだという、意欲のあるテーマもないのですから、なおさら筆が進みません。まあ何しろいい加減に泣き言はやめて、無理矢理に、ほんの小さな取り掛かりですが本題に入りましょう。

それは、ある公園で、小さな林を見ていたときのことでした。いろんな木がありますが、それぞれ、幹の太さや葉の形が違います。どの葉にも陽射しが当たるように、枝の向きや幹の高さも、それぞれの木で、最適の状態が選ばれています。

そのときふと「ものを思わないはずの木が、なぜ、光が当たるように、自分の木が大きく健康に育つようにと、葉や、枝ぶりをかえているのだろう」と思ったのです。それは、難しく言えば「種の保存」とでも言うのでしょうか?それぞれの持つ本能のような、生きて育ち、花を咲かせ実を残すといったような当然のことが、私はそのとき「神秘」という言葉と結びつきました。

植物はサボらないと思うのです。坂道に種が落ちれば、そこで倒れないようにするには、どの方向にどれほど根を延ばせばいいかを考え?それにひたすらまい進して生きていきます。なぜなんでしょう。植物は、なぜ生きようとするのでしょう。その恒常的な意志とは何でしょうか?

もちろん環境に負けて、枯れていく場合もあります。しかし、枯れることの多いものほど、たくさんの種が散り、たくさんの命の中の一部が実るように工夫されています。いわば、その何割かは枯れるのが織り込み済みの種の保存の法則のようなものがあるのです。それは虫や、魚や、もちろん人間にも、滅びないためのいろんな生命の不思議があります。

人の場合も、たとえば性欲といったものはなぜあるんでしょうか。人が滅びないためにとか、跡継ぎがほしいからとかいう、頭で考えてその欲望が出てくるのではなく、持って生まれた体の根源的な部分にそれはあります。いや、それは、与えられているといったほうがいいのでしょう。子供を作ることが、人にとって苦痛だったら、どういうことになるでしょうか?ちょっと素人考えの想像を超えますが、たぶん子供の数は激減することでしょう。
 食欲とかも、何気ない自然なことのようですが、それがなかったら、人は生命を維持するために、食物をとるということがどれだけ難儀なことになるか分かりません。食べたい、味がある、うまい…といったご褒美があるからこそ、人は、面倒な煮炊きをし、3度も食卓に付き歯を動かします。

病気をして、弱ってくると何も食べたくないという場面がやってきます。少しでも食べなければ元気が出ないよと、周りがやきもきしても、その食欲不振は、やはり生命の終わりへ近づいている兆候ではあります。

なぜ、ほとんどの人に食事をさせてしまう本能的なといっていいようなご褒美があるのでしょうか?

分かりません。もちろん、そういう方面の学問もあるのだと思いますが、今の私には、その疑問は解決せずに、そこに植物の場合と同様に、「神秘」を感じます。

こじつけに近いですが、1年の反省をして、また来年より良い方向を目指そうという意欲も、なぜわいてくるのでしょうか?「よりよい」がどの方向へ向かうかは、それぞれの方の選択ですが、私はそこにもやはり「神秘」というものを感じます。陽射しを求めて、枝が伸びるように、人は本能的に新しいステップを望む「神秘」を秘めているのだと思います。みなさまも、どうぞその「神秘」を大切にして、「よりよい」未来を目指してください。

と・・・なんだかんだと思いつくままを書いているうちに、1年の終わりがやってきました。読者の皆様のあたたかいご感想を時折いただいているからこそ、この新聞が何とか続いているのだと思います。1年間のご愛読ありがとうございました。まだまだ、知らないことや驚くことがたくさんありますので、これからそれに出会うたびに、ここに私の体験記録を、また来年もご報告できればと思っております。よろしくお願いします。

第21回よちよち音楽入門鑑賞講座 

12月は多忙で日程が取れませんので、オペラ、子供の鑑賞講座、一般の方の音楽講座はお休みをいただきます。また来年から新企画も含めて、新スタートを切りますので、皆様のご参加をお待ちしています。

<行事予定>

■第33エチュード・ファミリー・クラブ例会 

1212日(日曜7時)サンシティー音楽院

■第26回魅惑のギターステージ 無料

  12月4日午後2時・南部地区公民館

  12月5日午後2時朝日大平山公民館          演奏出演・ルベックムーン

■第163回 さわやかクリスマスコンサート

1224日(金)鶴見病院6時40分

■ほのぼの歌声サークル  12月は8日と22日・水曜日午後2時からです。
●ルベックスペシャル告知板 

12月の練習。(土曜日)11・18日の2回。1223(祭日)だいかく病院慰問コンサート

レッスンお休みのお知らせ

5週目のお休み】1229(水)〜31(金)【祭日お休み】23()■お正月休みのお知らせ11()7() 良いお年を!

リレー随筆117

フルートと桜

   片山 一子(石井フルート教室)

今年の4月の一日、桜並木を孫達と歩いている時、幼稚園の孫が「おばあちゃん春が降ってきたよ」と駆け出してゆきました。はじめ何のことがピンときませんでしたが、前方を見ると桜の花びらがヒラヒラト散り始めていたのです。孫達はヒラヒラ落ちる花びらを「春が降ってきた、春が降ってきた」と楽しそうに追いかけて走りまわっていました。4月は私の誕生月です。

手軽な楽器を上手に弾けることに憧れていた私ですがなかなか手ごろなものが見当たらず何時の間にか還暦を過ぎてしまっていました。それがこの歳になって、何を間違えたのか最近フルートをはじめてしまいました。今までフルートとの出会いがあったわけでも、憧れていた楽器でもありません。演奏会で石井先生のフルートの音に魅せられてその日の内に入門してしまいました。はじめてフルートというものに触れました。そうして音量と指づかいで音を出すことを知りました。うまく鳴らないと強く吹いてしまいがちです。音量を求めると音が荒くなります。今は美しい音を求めて、のびのびした、しなやかな音をさがして練習に励んでいます。ここでフルートを吹き始めて困ったことがあります。女性は口紅をつけています。息を吹き込むために歌口のおよそ半分が下唇でおおわれるようにリップ・プレートにあてると口紅が楽器についてしまい吹きづらくなることです。フルートを吹くときは口紅を落とさなければいけないのかもしれません。

又、先日はTVの「お達者クラブ」という番組を見ていた夫がおまえは良いことをはじめたぞ!長生きをするぞ!と言うのです。お達者クラブとは熟年いわゆる年寄り向けの番組です。お年寄りと、フルートと、長生きがどこで結びつくのか疑問に思いました。それはフルートを吹くことにより複式呼吸をするので大変健康に良い。だから長生きすると言う方程式になるようです。複式呼吸云々はわかりましたが、この番組をみて健康のためによいからとフルートをはじめるお年寄りがいるのかな?

私は健康など考えることなく始めたフルートです。健康にもよいとなればますます投げ出すわけにはいけません。夢として来年の誕生日には桜の花の下で、孫たちが「春が降ってきた」と私のフルートにあわせて踊ってくれれば、何ものにも変えがたいプレゼントになるでしょう。

サンシティー音楽院のみなさんへ           村上昭子

 マガンガン ハーポン(フィリピン語でこんにちは)

みなさん お元気ですか?私は今、フィリピンとベトナムの間を2日間かけて移動中です。

27日(10月)に5日ぶりの陸、フィリピンへと着きました。寄港した町はスービックで有名なマニラからは遠く小さな町ですが、人ごみやカラフルなバス町並みはこれぞフィリピン!!って感じでした。

私のオプションツアーは熱帯雨林ハイキングで、ポストカードの様な森ではなく、竹やぶがメインの森でしたが、現地のアエタ村の人が、木の説明や昔戦争中に水や食糧のない森で生き延びたか話してくれました。

そしてアエタ村の子供たちと言葉は通じないけど、ゼェスチャーで遊んだり歌ったりしました。明日は、ベトナムです!!アオザイを作るか悩み中です。船中のご飯がめちゃおいしくてほとんどの人が太って、アオザイが届く頃には着れなくなるそうです。

10月29日 0710 7Fにて あっこ

 

P.S.900人の乗客でオカリナ、ウクレレ、ハーモニカetc…持って来てる人は、結構居てみんなで練習してます!!

♪私の好きな一枚♪

時期によって、気分によって()、音楽の好みは変化します。モチロン人によっても、その価値観は異なります。皆さんにも、自分の大切なCD、大好きなCD があると思います。これが文句無く一番良いものだ!と割り切れないのが、音楽の素敵なところですね。

今月は、私の好きなCDを、かなり気ままにですが、書きたいと思います。

私の好きなの一枚は・・・

インヴェンションとシンフォニアJ.S.バッハ)演奏 アンドラーシュ・シフ(ピアノ)
 ご馳走より白いご飯が好き,旅行やお出かけより家にいる日常が好き、ドレスより着慣れたタートルネックのセーターが好き・・・こんなふうに、ごく当たり前に身の回りにあるものを、ある年代からとても大切に思うようになりました。そんなときに好きになった作曲家が、バッハです。それまでは、バッハというとなんだか難しいし、どれを聴いても似たような感じというイメージがあって、敬遠していたところがあったのですが、ある時からもっと楽にバッハを聴けるようになりました。

 その転機のきっかけになったのが、このアンドラーシュ・シフのCDです。何気なくこのCDを車でかけていて、そんなに真面目に聴いていたわけではないのですが、心にじんわりと入ってきました。劇的に感動したというわけではなく、「いいな」「なんかきれいだな」程度のものでしたが。それから、よく車の中でこのCDをかけるようになり、今ではすっかり愛聴盤になりました。後々、ピアニストの中でもシフは、グレン・グールド以来のバッハ弾きと称されている超ビックな巨匠だったこと知り、へ〜!と驚いたんですが。何にしろバッハ苦手症を治してくれたので、シフに感謝。

シフのバッハは、何度聴いても飽きません。というよりも、飽きるほど、聴くことに精力を使いません()。そういう意味で、私にとってこのCDは、わざわざ「音楽」と言わなくてもいい、ごく自然な流れのように感じます。それは、シフの温かい音、多彩な音色から生まれる、まるで空気みたいなものです。その反面、本当はもっと別な意味で積極的な面を持っているのだとは思いますが…。

何もないお昼などに、このCDを聴くと、しみじみ「あ〜よかった」と思います。何が「よかった」のか、それは自分でも分からないのですが、とにかく「あ〜よかった」。今日も無事レッスンが終わってよかった…とか、気になっていたことが解決出来てよかった…とか、そんなことから、今日はパンを焦がさずトーストできてよかった()とかいう、とても小さなことまで、色々。ただ、特別のイベントがある日ではなくて、普通の日、毎日同じようなその日常の中で、シフのバッハを聴くと、「あ〜よかった…」と心から満たされるのです。だから、ふとした時に、シフのバッハを聴きたくなります。それは、自分でもとても不思議です。

これは人によって「私はショパンよ」とか、「私は美空ひばり」とか、色々だと思います。自分にとって、聴いて満たされる一枚を探すのも、楽しいですね。(竹宏)

教室のほんわかエピソード 7

「 尊敬 」  B y 奈緒

 奈緒ちゃんは、お茶や演劇など、いろいろなことをがんばっている多彩で、演歌好きの()中学生です。奈緒ちゃんの表現の豊かさには、いつも驚かされます。その力は、学校で弁論大会や演劇発表で発揮されているようです。

そんな奈緒ちゃんと楽しくお話をしていた時、彼女が何気なく言いました。「私の尊敬している友達が・・・」と。その自然に出た言葉に、私はとても感激しました。私が中学生のとき、友達を尊敬することがあったかな…?自分の友達を、「尊敬している」と言える奈緒ちゃんの素直さに、とても大切なものを感じました。

誰かを尊敬するという心を、いつまでも持っていたいな、と思います。

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