さそり座の歌 1016

 最近、ギター教室の新入会がほとんどない。それで仕方なく、現在来てくれている方を、ひたすら大事にしなければと思っている。そんな折、久しぶりに申し込みがあった。しかも嬉しいことに、昨年末にあった私の小さなコンサートを聴いてとのことだった。

 ギターを教え始めて35年ほどになる。記憶がもうおぼろげだが、そのあいだに、「私の演奏を聴いて」という方がいたかどうか、ほとんど思い出せない。定かではないが、あったとしてもほんの僅かだろう。ともかく希少価値のある申込みだった。

 隣の市の方なので、場所についてのやり取りをした。近くに着いてからも迷って連絡があり、ようやくOさんにお目にかかれた。

 とりあえず弾いてもらった。かなり達者にいろんな曲に取り組んでいた。ただ残念なことに、リズムをきちんととるということができていなかった。

 これまでの経験では、我流でやっているこういうタイプの方は、なかなか修正が難しい。長い間積み重ねてきた悪い癖は、簡単にとれるものではなかった。

 私は迷った。リズムには目をつむって、曲を弾いて遊ぶということを優先するか、それとも基本からやり直すか。それを選択しなければならなかった。

 ギターのレッスンをする場合、何を捨てるかが最初の判断になる。リズム、指の使い方、音色、音楽表現等々…この方にはどこまで要求できるかを、ほとんど瞬時に判断しなければならない。メトロノームにこだわり、できないリズムを押し付けることで、何人つぶしてきたことか。

 それを思うと、メトロノームをOさんに要求するのがいいことかどうか、心配にもなった。しかし、「娘がピアノで使っていたのが、倉庫にあります」という話が出て、使ってみることにした。「ゆっくり、体を動かしながら、正確に、きちんと」と言いつつ、半分は後悔していた。

  「もう全部弾けますよ」と言うのを抑えて、とにかく最初の1段だけを、きちんとメトロノームに合うとはどういうことかを繰り返した。次の週には2段目ま で。しかし、Oさんは、気まぐれにいろんな曲の楽譜を出してきては、「ここのところはどうなりますか?」とか余分なことを聞いてきた。こういう人はやりに くい。

 「う〜ん、この移り気の人には、無理か」「強行するとつぶすかも」と思った4週目、また合わないだろうなと思って弾いてもらうと、ちゃんとリズムが取れている。次の段も、次の段も、メトロノームにのせて、体を動かしながら音を出している。驚嘆。

「いやあ、練習しましたよ」とOさんの顔がほころぶ。35年の体験が、見事に打ち砕かれた瞬間だった。

 

 

さそり座の歌 1017 

 身近な方に、貰い上手な人がいる。小さな子供さんがいるので、余りもののお菓子などを、整理片付けを兼ねて貰ってもらうのだが、その時の、「わあ、うれしい」という反応が、なんとも言えず素直で、明るくて気持ちがいいのだ。こちらの心まで明るくしてくれる。

 しかし中には、判別に少し困る対応の時もある。「もうお気遣いなく、こんなことしないでください」「今回だけいただきますけど、もうこういうことはなさらないでください」というような言葉の裏に、「迷惑です」という雰囲気が微かに見えたりすると、心細くなってくる。「悪いことをしてしまったのかな、なにか失礼があったのかな」とつまらない深読みまでして、あとにもやもやしたものが残る。それだけに、「わあ、うれしい」という方の態度が、輝いてくる。私も見習いたいものだと思っている。

 貰い上手ということの反対に、貰い下手の対応で残念だったことがある。かなり名の売れている演奏家(ギタリストではない)がビーコンでコンサートをした時のことだ。この方には、かなり前、息子がレッスンを受けたことがあったので、手土産を持って会いに行った。

 係りの方に連れられて出てきた演奏家は、なんだか不機嫌そうな顔をしていた。「知らない奴がなんで呼び出すのだろう」と思ったのかもしれない。私の方は、ご縁があるというのがうれしくもあり、内心自慢でもあったのだが、読みが甘かった。

 「こうこうで、**というところで、以前息子がレッスンをしていただいたんですが」と言うと、なんだそんなことかという感じで、憮然としたままだった。ささやかなお土産を手渡すと、目の前でそれを、係りの人に押し付けた。係りの方は、「え、いいのかな」という感じで、ちょっと慌てていた。演奏家には、最後まで笑顔はなかった。

 これが、たとえば次のような対応だったらどうだろうか。「ああ、そういえば、そんなこともありましたね」と、あまり思い出せなくても笑顔が出てくれたらどんなに良かっただろう。「その後、**君どうしてますか」とまで言ってくれたらなお嬉しい。「ああ、これは別府の名物ですね、有難うございます」と、握手でもしてくれたら、最高だ。そんな、貰い上手の方だったら、この演奏家のCDを全部買って、大ファンになるところだった。

 それを思いだすたびに、「わあ、うれしい」と言ってくれる方の快さが、心に温かく沁みてくる。

 

 

 

さそり座の歌 1018

 実家が空き家になったので、1か月に一度は風を通しに帰りたいと思っているのだが、どうにもままならない。あれよあれよという間に、もう3月になってしまったが、先日の日曜日にようやく時間が取れた。

久しぶりに車を庭に入れると、空になった植木鉢が、妙なところに二つ転がっていた。きっとカラスが転がして遊んだのだろう。人気のない庭は、山の動物たちのテリトリーになったのかもしれない。

郵便受けには、無理に押し込んだ紙類がはみ出している。郵便は転送手続きをしているのだが、それに該当しないものが、やはりいろいろあるようだ。明らかに長く留守とわかるのだが、このことに対する対策があるのだろうか?その気になる泥棒が来れば、入るのは簡単な家だ。しかし、入ったところで、盗み出したいものがあるかどうか…

鍵を開けて中に入る。居間の飯台の上には、ヘルパーさんの作ってくれた日めくりの手作りカレンダーが、12月17日のまま置いてある。母の寝ていたベッドの蒲団もそのままで、手を当てれば温もりが残っていそうな気がする。テレビや黒電話も、定位置にきちんと収まっている。

この家は、母がホームに入った12月17日で止まっているのだ。しかし、ビデオの一旦停止画像が、何かのはずみで、不意に動き出しそうな気もする。トイレから母が出てきて、「ああ、お帰り」という声が聞こえても、少しも不自然ではない。

もうやめよう。そんな感傷を並べたところで、何も変わらないことを、私自身が一番よく知っている。時代は動いたのだ。もう巻き戻せない。過疎の村のありふれた光景の一つに、わが生家は廃屋として定着したのだ。この家が朽ち果てていくのを、防ぎとめる手立てがあるのかないのか、今の私には全くわからない。

表も裏も、外につながる戸を全部開ける。家の中を仕切っている、襖や障子戸も全部開ける。家に光が入り、風が通る。家が深呼吸をしている。

縁側に座って、ぼんやり外を眺める。紅梅はほとんど花が落ち、しょぼくれた花がほんの少し残っている。その光景は、見てくれる人がいないのを、悲しんででもいるかのようだった。

 

 

さそり座の歌 1019

 俳誌「蕗」の2月号が届いた。少しずつ遅れてはいたのだが、今回はまた特に遅れていたので、郵便物の中に「蕗」の封筒を見つけた時は、ぽっと明かりが灯ったようで、心が温かくなった。

 「あっ、紘文先生、だいぶいいんや。良かった」と、安堵の気持ちで本を開いた。しかし、句評のところを開いた時、ほんの1行しか文がなかった。これまで、毎月変わることなく軽妙洒脱な句評で、句の良さを見事に教えてくれていた。しかし、今月は、ページ数も少なく、さびしい紙面だった。これまでこういうことは一度もなかったので、「やはり、具合があまりよくないんだな」と、気持ちに少し暗い影が差した。

 仕事があるので、あとでゆっくり読もうと、ぱらぱらっと本をめくった時、何か妙なページが見えた。「ゆけむりの風と遊べる小春かな」の句があり、先生の句碑の写真が掲載されていた。「なぜこれが?」と少し首をかしげつつ、隣のページの「お知らせ」に目が行った。

 「終刊」という文字が見え、息を呑んだ。慌てて、食い入るように、そのお知らせを何度も読んで、愕然とした。

 「ああー」。言葉の出ない放心状態がしばらくあった。この現実がどういうことなのか、まだはっきりと認識できていない。おぼろげながら、25年に渡る紘文先生との俳句のある暮らしが、途切れてしまうと言う事を感じている。そんなことがあっていいのだろうか?

 毎月変わらず「蕗」が来て、作品を送り、また翌月本が来る。朝が来て、夜が来るように、それは、不変の流れだった。先生という大きな幹に安心して寄りかかり、俳句のある人生を過ごしてきた。

 改めて「蕗」を読み返してみて、句評の終わりに「みなさん、これよりも御精吟をお続け下さいね」とあるのに気が付いた。それは、断腸の思いの決断の後に、覚悟を決めた先生のお気持ちだったのだろう。

 今回は、最初の「近詠」に、いつも必ず出句されていた先生の句もなかった。そんな中で、1行の句評を書くことは、どれだけ困難なことだったのだろうか。この2月号を出すために、先生が、どれほどの体力、気力を振り絞ったのかが思われてならない。先生にしかできない、重い責任を果たす精神力に、目頭が熱くなった。

 

 

 

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